カーネリアン


──最初の任務が、子守とはねぇ。
ロックオンは苦笑の混じった溜息をついた。厄介だ、とは思うけれど、不快には思っていないことに自分で少々驚く。
悪くない。
ふ、と微笑んで自分よりも遥かに狭い背中を見つめる。
ここに、どれだけのものを負っているのだろう。
そう考えたときに、ロックオンの胸に生まれる感情は、哀れみでも賞賛でも痛ましさでもない。
(どうしてだかなぁ)
感情に理由を求めることの無意味さなんてとっくに学習済みなのについ、そう思ってしまう。
「刹那」
名を呼ぶとすぐ、無駄のない動きで振り向く。その瞬間に、射抜くように。
(ああ)
なんて。
(なんて眼をしてるんだか)
触れたらきっと自分の指先には血が滲むだろう。触れられたらきっと彼の瞳にはヒビが入るだろう。
そう思わせる、鋭さと危うさ。強い力を宿しているからこそ生まれるその光を正面から受け止めて、ロックオンは全身に震えが走るのを感じていた。
「時間だ」
「……ああ」
刹那が生真面目な顔で頷く。この引き締められた表情は、決意の証なのかそれとも緊張の表れなのか。それが、わかるようになりたいと、今考えるには少々不謹慎なことを思った。
「行こう」
刹那がゆっくり歩き出す。徐々に距離が詰まってゆくこの僅かな時間が、どうしようもなく甘美に思われてロックオンは軽く息を飲む。これこそ不謹慎だよな、と気付いたけれど。
もう、遅い。
「嘘だろ……」
刹那には決して聞こえないように、呟く。聞かれたくなくても、声に出さずにはいられなかった。

きっともう、こいつから目が離せない。

そんな予感がした。
「……ミッション、開始だ」










──まさか子守の相手に、惚れちまうとはねぇ。
ロックオンは苦笑の混じった溜息をついた。予想外だ、とは思うけれど、異常だとは思わない自分が少し誇らしい。
悪くない。
す、と微笑んで、自分より低い位置にある赤褐色の瞳を見つめる。
ここに現れる感情の機微を、ロックオンは随分と読み取れるようになった。相変わらず信じられないくらい力強い光を宿し、鋭さも危うさも失っていない。
けれど、それだけじゃない。
「なんだ?」
いつまでも自分を見つめているロックオンを不思議に思ったのだろう、刹那が当惑した声を上げた。
「いや」
ロックオンは微笑みを深くした。刹那の当惑も深くなる。
触れたいな、と思いながら言う。
「好きだな、と思ってさ。……お前の目」
その眼が、見開かれて固まった。どう答えて良いかわからない、と言いたげな素直な反応にロックオンは笑いを堪えてそっと手を刹那の頭に置く。
遠まわしな言葉が通じないことは、もうわかっている。ただ傍にいるだけでは伝わらないのだということも。
「凄いんだぜ、お前の目は」
「……凄い?」
「力を、くれるのさ」
だから、感じたことは全て伝える。真っ直ぐに。少々唐突であったとしても思っていることはできるだけ届ける。そのやり方はやはり刹那の性に合ったらしく、心を見せれば見せるほど、彼もまたロックオンに心を見せた。以前は、きっと反射的にだろう、振り払われていた手も今は穏やかに、夜の色の髪の感触を楽しむことができている。
「勇気とか、安らぎとか……、明日を生きるための力をさ」
「ちか、ら……」
言葉の意味を捉えかねているのか、刹那がかみ締めるように呟く。
そう、力。
初めて見た日から、この瞳が宿している光の強さは変わっていない。強いがゆえに併せもっている脆さも。けれどそのアンバランスさが、ロックオンの胸に奇妙な感情を呼ぶのだ。
温かい、なのに苦しい。励まされる、なのに責められている。
ぶつかりあう感情が、パワーになる。
『愛しさ』という名前の。
たった一言にしてしまえる力だけれど、一言だからこそそれはとてつもなく重くて、強い。ロックオンが世界を変える理由を、それに委ねても良いと一瞬でも思ってしまうほどに。
「自覚、ないだろ」
「そんなことは、今まで一度も言われたことがない」
髪を撫でながら笑って言うと、刹那は静かにそう答えた。表情は全く動いていないように見えるけれど、僅かに苦笑しているのがロックオンにはわかった。
「そりゃそうだろうな」
「?」
もしかしたら一目惚れというやつだったのかもしれない、とロックオンは今になって思う。
この瞳の強さに捕まってしまって、目が離せなくなって、見つめ続けていたら更に囚われてしまって。
驚くほどに感情的なくせに、その性質を自分では認識していないところが危なっかしい。狭い視野の中で懸命に世界を見詰め、捉えようとしているところが微笑ましい。そういう姿を、目の当たりにしてきた。
「だってよ、俺以上にお前の目を正面から見てる奴、いないぜたぶん」
他に心当たりがあるかよ?と問えば、刹那は一瞬戸惑いながらも考えて、いいや、と首を横に振った。今度ははっきりと苦笑を表に出して。
「だろ?……だからたぶん俺だけなんだよ」
撫でていた頭を引き寄せるようにして距離を詰めると、刹那の瞳が揺れた。
なんだよ一目惚れって、とその言葉のサムさにぞっとするけれど、この瞳を目の前にして湧き上がる『愛しさ』に嘘はつけない。
もう、目が離せないのなら、見ているだけでは嫌だ。そう思って、けれどゆっくり、距離を詰めてきた。少年が持つ頑なさを奪う権利は自分にはない、そうわかっていても。力強い光を持つ彼の眼を、本当の意味で自分に向けて欲しくて。
「お前の目から力を受け取れるのは、たぶん俺だけなんだ」
「ロック…オン…?」
急に真剣みを帯びたロックオンの口調に、刹那は戸惑うというよりは驚いているようだった。
「なあ」
この瞳は、力をくれる。勇気とか、安らぎとか、明日を生きるための力を。
その瞳を、抉るように覗き込んで、ロックオンは想いを言葉にする。
「俺だけのものにして良いか」
「なに、を」
「受け取れるのが俺だけ、っていうのは今だけなのかもしれない。だから今のうちに、完全に俺だけのものにさせてくれないか」
「だから、何を」
声は掠れている。たぶん、二人とも。
「お前のその眼を」
「なに、言って……」
「いや、眼だけじゃ足らないな」
動揺を隠そうともしない、いや、隠す余裕などない刹那にロックオンは更に畳み掛ける。それはまるで、ゆっくり追い詰めてきた獲物に、最後の時が近いことを教えるかのようだ。
「全てが欲しい。お前の、全てが」
「ロックオ……」
「なあ」
もう充分近い距離にあった二つの身体。それでも僅かな隙間さえ惜しいとばかりにロックオンは刹那の背を抱き寄せた。自然な動き。けれどはっきり意志が伝わる動き。ひゅ、と刹那が息を詰めた。
「俺だけのものにして良いか」
「……っ、なんで」
良いわけない、と本当は言いたかったのではないだろうか。刹那がその言葉を口に上らせなかったのは混乱しているからなのか、それとも。
自分に都合の良い期待をしている、とロックオンは苦笑した。
「なんで?知りたいか?俺にそこまで言わせてくれるんだ、お前は」
真っ直ぐな言葉は、強いけれど危険だ。刹那が遠まわしな表現を好まないのは、性格だけの所為ではなくてそのことを知らないからだ。刹那は真っ直ぐで、強い。彼の瞳が、それを全て物語っている。
罪悪感を感じないわけではない。それでも。
「お前のことが好きだからだよ、刹那」
言わずには、いられない。
「っ!!」
いくら刹那とて、予想できなかった台詞ではないだろう。それでもここまでの動揺を見せるのはロックオンが本当に口に出すとは思っていなかったからであろうか。
「刹那」
頭に置いていた手を、頬に滑らす。上気しているのは目にも温度にも明らかだ。
「好きだよ」
顔と顔の距離を詰めれば、腕の中、引き寄せた背中が強張った。離してやるつもりはない。けれどロックオンは少し、腕の力を緩めた。
「嫌なら振り払えば良い。俺が次にどうするか、さすがに言わなくてもわかるだろう?」
振り払わせる気などかけらもないが、そうやって隙を作る。閉じ込めたいわけではないのだと、言外に教えて。でもそれが嘘であることは教えない。
そうやって、ゆっくり追い詰めてきた。今ようやく、最後の時が近付いている。
「……刹那」
睫毛の震えも、言葉を発しかねている唇の迷いも、克明に見える。徐々に近付くロックオンの顔から視線を外しては戻し、また外す。
確信など持てはしない。他人の心だから。だけど自分の力とこの瞳がくれる力を信じているから。
「刹那……、」
「ロックオン……、俺は」
ゆっくり動き出した刹那の言葉を、ロックオンは黙って聴いた。手に感じる、頬の熱さ。
「……俺には、わからない。ロックオンが言う、好き、と同じ気持ちを自分が持っているのかどうか、わからない」
「うん」
「しかし……、俺が……俺のこの目が、ロックオンに力を与えるというのなら……」
刹那は、そっと俯いた。どんな顔をして良いかわからない、という彼の心情を読み取って、その顔こそが見たいとばかりにロックオンは自分の顔を寄せる。頬の温度が、また上がった。
「……その力をずっと受け取っていて欲しいと思う……」
いつもより数段は小さい、しかしいつものように濁らぬ、芯のある声で刹那は言った。
これで。
ロックオンの全身に、歓喜とも恐怖ともつかぬ震えが走った。これで、もう逃げられない。
「……その言葉、俺の都合のいいように解釈するぜ?良いのか?」
「……」
無言で、刹那は頷いた
ああ、もう本当に。
「刹那……」
何か言葉を、と思ったのに。
「っ!」
話しかける代わりに口付けて、ロックオンは言葉の代わりに熱を与えた。強張っていた腕の中の刹那の背中が、ゆるゆると解けてゆく。
甘い、けれど少し痺れる、とロックオンは思った。
綺麗だけれど危うい、あの瞳のようだ、と。
「……刹那」
突然のキスに呆然としている彼の名を、もう一度呼ぶ。
「刹那」
きっともう、目が離せない。そんなことは随分前からわかっていた。けれど今は、それだけではなくて。
「好きだよ」

きっともう、抱きしめる腕を解けない。

予感ではなく、確信を抱いた。
──ミッションは、継続中だ。


  


あとがき。読みたい方のみ反転させてお読みください。
カーネリアンというのは宝石…というかパワーストーンの名前です。勇気・やる気・安らぎを与えてくれる石なんだそうで、華夜は勝手に「勝負事にはカーネリアン!」と思っていました;その曲解のまま、刹那っぽい!とイメージにしてしまいました、あは。
さてそれで。
刹那はロックオンに口説き落とされたんだと思う。
そうでなければ、自分の心にすら気付かずにいるだろうな、っていうのが華夜の考えです。……だってこの子、絶対に恋愛経験皆無に等しいでしょきっと;
そんでもって、ロックオンに口説かれて落ちない人なんかいない、というのもまた華夜の考えなので、せっちゃんはしっかりロックオンにメロメロになるのです〈死語)
互いに思い合っていて、それが自然に伝わる、という流れよりは、ロックオンの方ががっつり口説きにかかったのだ、という方が納得できるかなー、と。
あ、ロックオンはせっちゃんに一目惚れしてしまったのです、うふふw
……そんな感じの、華夜的ロク刹でございました……、ごめんなさい;
ご拝読、ありがとうございました!




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