How…

愛することの喜びを。





頭も胸も腹も、身体のどこにも、空いているところなどなかった。
全て。
細胞の一つ一つに至るまで全てが隙間なく満たされてずっしりと重たかった。
飽和状態。

いっぱいすぎて、空っぽみたいだ。

水を吸い込みすぎたスポンジのような身体を持ち上げると、白い眩暈が襲った。窓の外の景色からは時間の経過を感じることのできないこの宇宙空間において、まるで朝を見たかのように錯覚した。
「……」
視界を乱されると、途端に音の存在が大きくなる。──彼の寝息が、耳を掠めた。
その音に惑わされたわけでもないだろう、徐々に戻ってくる色の中に彼を認めて……、自然、微笑んだ。
「ロックオン」
喉の奥だけで、呟くようにティエリアは呼んだ。
乱れた髪の下、穏やかな中にも精悍さを失わない寝顔はいつまで眺めていても飽くことがないように思われた。
愛しさが、ふつふつと。
これをなんと呼べば良いのだろう。もし、幸福と呼ぶのなら。
「ロックオン」
もう一度、今度は少しだけ声に出して名を呼んだ。引き寄せられるように手を伸べて、深い色の髪に触れる。彼が昨夜の行為を気に病まなければ良いのだけれど。そう思いながら。
「……っ」
一瞬、ロックオンの顔がしかめられ、薄く、唇が開いた。
「ロックオン?」

「   」

彼が呼んだ名前を、微笑んだまま受け取れた自分が不思議だった。しかしそんな自分に満足していた。
これをなんと呼べば良いのだろう。もし、幸福と呼ぶのなら。

なんて熱いんだ。








「引き金を引くのを躊躇ったことがありますか?」
唐突な問いだった。ロックオンは、プトレマイオスを取り巻く漆黒をガラス越しに眺め、質問の意図を尋ね返すことなく、
「そりゃああるさ。しょっちゅうだよ」
と答えた。ちらりとティエリアに微笑んだ後、真っ直ぐに視線を投げる。真っ黒なガラスの向こうに──、いや、そこに写る自分の眼に。
「頭の中で声がするんだ」

殺さないでぇええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!!!!!!

「……ってな。それを……、持てる力全てでもって無視をする。ねじ伏せて、指を引き寄せる」
「……それは」
訊くべきではなかったかもしれない、とティエリアは乾いた声を出した。
「もちろん、気が狂いそうな作業さ。もう慣れたけどな」
ロックオンは苦笑した。そしてふっと、遠くを見る目をした。
「だけど、あの時は」
その意味をティエリアは恐らく正しく受け取れただろうと思った。あの時──、刹那が討つべき仇の一人だと知った時だ。
小さな頭に、更に小さな銃口が狙いを定めていた。
ロックオンと、刹那。
二人が抱える大きな渦がギリギリに引き絞られたその中心を、ティエリアは見つめていた。
ぶつかっているようでいて、それは。
KPSAの自爆テロによって両親と妹を失ったロックオン。
『家族の仇を討たせろ。恨みを晴らさせろ』
KPSAの少年兵としてゲリラ戦に身を投じていた刹那。
『この世界に、神はいない』

世界を変える。

同じ目的・目標・理由を持つ二人の目は、異常なほど鋭い光を湛えていて──、そこに全ての答えがあった。
ぶつかっているようでいて、それは確かに繋がっていた。

「あの時は違ったんだ」
しばしの沈黙の後、ロックオンは独り言のように再び話し始めた。
「いつもの声がしなかった。あの、俺を止めようとしているようでいて、実際には引き金を引く力を与える、俺を狂わすあの声が。……代わりに」

殺せ殺せぇえええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!!!!!!!

「……ってな。まさか仇を目の前にしてこの声をねじ伏せることになるとは思わなかったよ」
ははは、と笑う。自嘲に似ていて、しかし決定的に違う笑い。ロックオンの顔は、穏やかだった。その顔のまま、ティエリアを見る。
「難しかったですか」
「え?」
「その声を、ねじ伏せるのは」
ティエリアは真っ直ぐにロックオンを見た。その視線を、ロックオンは逃げることなく受け止めて微笑んだ。
「そうだねぇ……、案外簡単だったんだよなぁ、不本意ながら。……っておい、なんでそこで笑顔になるんだよティエリア?」
「いえ…、あなたらしいと思って」
ロックオンは少し驚いた顔をして、それからまた微笑んだ。
「ありがとな、ティエリア。心配してくれてさ」
「お礼、など」
本当は僕の方が、そう続けようとしたティエリアの言葉は、ロックオンの無意識なる言葉によって遮られた。
「刹那はさ、なんかホント、ほっとけないガキでさ」
ティエリアに語る、ティエリアに向けられていない言葉。それでもその言葉は心地よい温かさを帯びていて、ティエリアは黙ってその温度に浸った。
「真っ直ぐで、頑なで。でもその中に歳相応の迷いと悩みと弱さがあって。……なんて危ういバランスで生きてるんだろう、と思ったよ。一歩間違えば、簡単に壊れてしまうんじゃないかってな。そして俺は、あいつに壊れて欲しくなかった。……なぜだか、な」
ひょい、と肩をそびやかしてロックオンは笑う。ティエリアが笑顔になったのは、間違いなくそれに釣られただけのことだ。
「ま、ほっとけないと感じるのは刹那だけじゃねぇんだけどな。でもそっちも最近、こんなふうに笑顔が増えてきて喜ばしい限りだよ」
「それは」
突然自分に振ってきた言葉を上手く受け取れなくてティエリアは途端にバランスを崩した。
戸惑ったような、困ったような表情で視線を落とすと、一対のエメラルドは深みを増してティエリアを見つめた。
「え、笑顔が増えたのだとしたら」
声は僅か、震えていた気がした。それでも、伝えておきたくてティエリアは口を開く。今確かに、彼の目は自分を見ているから。
「それはあなたの……所為だ」
「おおっと…。それはなんつーか…、責任を感じてしまうな、軽く」
「そうですね、感じるべきなのではないですか」
苦笑するロックオンに、ティエリアは努めて硬い声で告げる。
「だって、僕は今その所為で苦しんでいるんですから」
「ティエリア」
「放っておけないと」
優しげに名前を呼ぶ声を、遮る。そんな柔らかい声で呼んで欲しいんじゃない。
「放っておけないと言うのなら、今の状態の僕をそのままにはできないはずだ」
なんて傲慢な。いつから自分はこんな浅ましさを己のうちに住まわせてしまったのだろう。忌々しく思う。けれど。その忌々しささえ、甘い。
ゆるり、と頭を上げてティエリアはロックオンを見る。彼の目は、「あの時」よりも柔らかい。きっとそれは、ティエリアの目も同じで。消えそうな光を必死に引き止めているかのような輝きしか持っていないはずだった。
「言いたいことは」
あんなふうにぶつかることはできないけれど。
「わかってる、はずでしょう……?」
それでも、繋がることができますか……?
「ティエリア……」
「少しくらいの狡さは、許してください」
許されないことなどないことを知っていてこんなことを言うことこそが本当の狡さなのだと、わかっているけれど。
困ったように、それでも微笑んでいるロックオンを、ティエリアは見上げる。瞳の光にこめたのは期待と願いと──、それから。
「……狡さが罪になると言うのなら、許しを請わなくてはいけないのは俺の方だ。そうだろう?」
ふっと息を吐いて、ロックオンはゆっくりと腕を動かした。狡さを自覚していることゆえの更なる狡さか、その動きには躊躇いがない。ティエリアの髪に、触れた。
「そう、ですね」
じわりと、熱い。ただこれだけのことで騒がしくなる己の心中、制御する術をティエリアは持たない。
「あなたは、優しいから」
その優しさが、気付かせてくれたのだ。自分の胸に眠っていた感情に。
その優しさが、教えてくれたのだ。その感情が与えてくれるものを。
「……それがお前を苦しめているというのなら、それはもう優しさなんかじゃない」
囁くように言って、ロックオンはそっとティエリアとの距離を縮める。スローモーションのような動き。たぶんそれは眩暈に似たティエリアの錯覚だろうけれど。
「でも俺はもう、お前に優しくしないことなどできない」
ティエリアの体中を、震えが走った。
「だから……、罰を受けよう……。何をしたら良い…?何が、欲しい…?」
低い、低い。甘い、甘い。
本当に優しい。そして本当にずるい。
「あなたに…、気付かされて教わったんです」

愛することの、喜びを。

ティエリアはロックオンを見上げた。先程よりもずっと近くで。瞳の光にこめたのは期待と願いと──、それから愛しさ。
「だから」
気付いた感情を、行使させて。それによって得られる幸福を、味わわせて。
「僕に愛されて……、ロックオン」
生まれて初めての人は、彼が良い。叶うのならば、終わりの人も。──そう伝えようとした瞬間に、
「ティエリア」
激しく抱きしめられた。
ああ、そうだ、こんなふうに強く呼んで欲しかったんだ。蕩けていく思考の中で、ティエリアはうっとりとそう思った。








ロックオンはまだ、眠っている。
愛してくれとは、言わない。言えないのではなく、言わない。
自分とは違う名前を呼んだ彼の唇を眺めた。触れたいな、と思う。
愛されたいわけではない、と言えばそれは嘘になる。愛して欲しい、自分だけを見ていて欲しい、自分だけのものでいて欲しい。そんな思いは渦巻いている。けれど、そうなってしまったら彼は──、ロックオンではなくなってしまう。
「それは嫌なんだ……」
全てに優しい、だなんてそんな反則技をこんなにも綺麗に身につけている人は、他にいない。
「ロックオン……」
名前を呼んだだけで、ティエリアの胸は熱くなる。
ああ、もう、本当に。
これを何と呼べば?
「ロックオン……、」
もし、幸福と呼ぶのなら。
「あなたを愛しています」

なんて苦しいんだ。




  


あとがき。読みたいのみ反転させてお読みください。
優しさと狡さは同義だと思う……。
というわけで、華夜的ダブルオー話・第一弾でございました。……書きたいことがまとまってないよー!!見事に空中分解している気が;
そして一歩間違うとロックオンがただの無節操男になってしまうこの危うい設定…。
もともと非生産なBLにおいて、なぜ更に実りのない方向へ持って行きたがるのか…!
自分の思考や嗜好に頭を抱えつつも、このまま突き進みます、華夜的ダブルオー!付き合ってやっても良いよ、という方がいらっしゃいましたら、どうぞよろしくお願いいたします。
ご拝読ありがとうございました!





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