盃とマニキュア


「お願い!」
目の前で両手を合わせて懇願するスメラギに、刹那は面食らった。
「しかし……」
「頼むわよー!この機会を逃したらもう手に入らないのよー!激レアなの、15年モノの!」
刹那には耳慣れない最高級ウイスキーの名称を連呼するスメラギは、ミッションにおいて窮地に陥った時よりも必死なように見えて戸惑う。刹那は明日から次のミッションのため、ロックオンと共に地上へ降りることになっていた。その際、限定発売のウィスキーを手に入れてきて欲しい、とスメラギは言っているのである。
「次のミッション、待機時間が多めに取ってあったでしょう?わざわざ市街地待機にしたんだからぁ!お願いよ、刹那、買ってきて!」
「いや、それは」
市街地とはいえ名目は「ミッション中の待機」なのだから買い物をしていてはいけないだろう、と刹那は言いかける。そもそも酒を手に入れたいがために待機場所を市街地にするというのはどうなのだろう。完全な職権乱用である。ティエリアが聞いたら撃ち殺されかねない。
「……ロックオンに頼めば良いだろう」
そもそも自分は未成年で、酒を購入できる年齢ではないのだ、ということを思い出して刹那は言った。まずはそこに気が付くべきところだが、そこは刹那である。
「うーん、そうなんだけどぉ……」
スメラギは困ったように言葉を濁した。何でも、前回の休暇中に飲み明かした際、ひどく酔って絡んだ挙句、バーにおいて散々恥をかかせてしまったため酒に関することは頼みづらいのだと言う。一体どんな恥をかかせたものか、気にはなったが知らない方が良いような気がして刹那は問わなかった。それよりも。
(……休暇中、二人で飲んでたのか)
なんだか急にもやもやしたものが刹那の胸の中に湧き上がった。険しくなった刹那の表情を読んだスメラギが再度、お願い、と言う。
「エクシアのスピード、もう一段階上げられないかイアンに相談してあげるから」
「……わかった」
もやもやしたものの正体を探り当てるのを忘れて、刹那はスメラギに頷いた。





(これの、何が良いのだろう……)
両手に提げた、ずっしりと重い袋を見下ろして刹那は思った。待機に入ってすぐ、刹那はロックオンに別行動を取ることを告げてスメラギに教えられた店へと向った。事前に話は通されていたらしく、店主は未成年の刹那を怪しむことなく限定のウィスキーを売ってくれた。それは良いのだが、スメラギはどうやら他にもいろいろと注文していたようだ。刹那は、知らされていた量の三倍の酒瓶を持ち帰る羽目になり、渋面を作った。
刹那は未成年とはいえ、酒を飲んだことがないわけではない。育った地域は子供が酒を飲むことに関しての取り締まりはないも同然だったし、ソレスタルビーイングに入ってからも酒盛りに強制的に参加させられたことが何度かある。酔って飲ませようとするスメラギをロックオンやアレルヤが必死に止めるのだが。しかし、止める必要もなく、酒には取り立てて刹那が夢中になれるような要素はないように思われた。
(熱くなるし……、眠くなる)
個人が持つ執着というものは理解されないものなのかもしれないと、ふと思う。それに関しては、刹那にも身に覚えがあったからだ。刹那が持つ、エクシアに対する──ガンダムに対する執着を、周囲はイマイチ飲み込めずにいるようなのだ。理解して欲しいと思ったことはないが、なぜわからないのだろう、と疑問に思ったことはあった。
(ガンダムは……俺の全てだ。俺を生かし、これから生きてゆくための……)
スメラギにとってそれが、酒なのだろうか。彼女を生かし、これから生きてゆくための力となり得るものなのだろうか。
人にはそれぞれ、そういったものがあるのだろう。他人には理解できない、けれど自分にとっては何よりも必要不可欠なものが。
(……あいつにも、あるのか?)
そういえば考えたことがなかったと思い、刹那はロックオンにとって必要不可欠なものは何だろうかと思いを巡らせた。彼がデュナメスに向ける思いは、自分がエクシアに向けるものとは異なっているように思う。では相棒と呼んで常に隣に置いているハロだろうか。それとも、たった一度だけ見たことのある、部屋の隅にひっそりと仕舞いこんであったライフルだろうか。
わからないな、と息をついた。個人にとって必要不可欠なものは他人には理解できないのだと、そう考えたばかりなのに、わからないことが悔しかった。
(思えば俺はロックオンについて知っていることがあまりない)
個人的な情報は守秘義務があるから知らないのも当然と言えるが、隠す必要のない趣味趣向について自分から知ろうとしたことがなかったように刹那は思った。食事にしても、ロックオンの方から「これはどうだ」「あれ、旨いだろ」と薦められるものはいつも刹那の味覚に合わせられている気がした。教えてもいないのにロックオンは刹那の好みを把握しているようで、ロックオンの好みを全く知らない刹那は何となく面白くない。
知るように努めれば良いのだろうが、それも刹那にとってはどうも気恥ずかしかった。もう知られているとはいえ刹那は未だに、自分が持っているロックオンへの感情を抵抗なく示すことができないでいるのだ。何かと大人びている刹那だが、こういったところは歳相応だと言えた。
(いや、そういうことじゃなくて)
何がどうそうじゃない、のかよくわからない否定をしながら刹那はぶんぶんと頭を振り、自分の都合の悪い方へ流れ始めた思考を追い払った。
そういえば今は何時だろうか、とミッション待機中だったことを思い出す。ただ真っ直ぐ歩いていただけだったから道に迷っていることはないはずだが、と思いつつ刹那は周囲を見渡した。女性向けのブティックが立ち並ぶ通りは穏やかな中にも華やかで、刹那は今更に自分が場違いな存在に感じた。
そして刹那はふと、ある店に目をやった。一面がガラス張りになっているお洒落なその店は有名な化粧品ブランドの直営店らしく、客も店員も老若入り交じって賑わっていた。その中に、ひときわ目を引く姿が一つ。
(ロックオン……?)
柔らかなブラウンの髪を持つ長身は、間違いなくロックオンだった。女性ばかりの中に一人立っているのは、目立つことこの上なかったが、だからといって浮いている印象はなく、あちこちから向けられる熱のこもった視線をあっさりと受け流して店員と話している様子はいかにも手馴れていた。
(なんで、こんなところに)
化粧品をロックオンが使うはずはない。自分が使うわけではない化粧品を男性が買い求めるときの理由くらいは、刹那にも容易に想像できた。化粧品を必要としている者──つまり女性へのプレゼント以外にないだろう。
(なんだ)
いつもは渋る別行動をあっさり承諾したのはそういうことか、と刹那は思った。スメラギと飲んでいた、と聞かされた時と同じもやもやが胸に沸き起こった。見ていたくない、と刹那はロックオンから視線を剥がし、もやもやを吹き飛ばすべく大股に歩いてその場を離れた。
なんだ、ともう一度、胸の中で呟く。他人には理解できない、けれど自分にとっては必要不可欠なもの。つまりはそういうことだったのか、と思う。まさに刹那の知らないところに、ロックオンはそういう存在を持っていたのだ。
(俺を好きだと言ったくせに)
そう考えてしまってから、ハッとした。なんてことを、と思ってカァッと頬に血が上る。刹那は何だか一人で混乱してしまい、普段ならまずないことだが、背後からの声にすぐ反応することができなかった。
「せーつな」
「!?」
肩に温かいものが触れて驚き、がばりと振り向くと、その過剰な反応に逆に驚かされたらしい顔でロックオンが立っていた。
「どうしたんだ?」
「……別に」
ふい、と顔を背けて答えると、ロックオンは一つ肩をすくめた。
「さっき俺がいた店から姿が見えたんで追いかけてきたんだが……。ん?凄い荷物だな、何買ったんだ?」
「これは……、スメラギ・李・ノリエガが……」
両手に提げた袋に眼を留めたロックオンに受け答えながら刹那は、どうしてこの男はこう平然と自分に話しかけられるのだろう、と思った。ついさっき、誰かへのプレゼントを買っていたのに、何もなかったように親しげに。刹那の胸のもやもやは酷くなるばかりで、それはイライラに変わりつつあった。
「あー、また酒かー。ったく、未成年に酒買いに行かせるなよな……」
ロックオンが、こんなにあっちゃ重いだろ、と手を差し伸べて袋を引き取ろうとするのを、刹那は一歩下がって退けた。
「いい。お前にだって荷物があるだろう」
「へ?…ああ、これか」
ロックオンは、それなりに大きさはあるものの刹那が手にしているものに比べたら何倍も華奢なショップバッグをひょい、と目線近くに持ち上げた。何も含みを持たないそのしぐさが逆にわざとらしく思えてしまって、刹那はまた不機嫌になる。
「誰か大切な人へのプレゼントなんだろう?早く持って行ったらどうなんだ。ミッション開始までに間に合わなくなるぞ」
言ってしまってから、刹那はハッとした。口に出すつもりのなかった言葉だが、もう遅い。ロックオンは一瞬きょとん、とした顔をしたけれど、すぐにふ、と微笑んだ。
「刹那は化粧品が欲しかったのか?」
「は?」
「大切な人にプレゼント、っていうなら俺は今お前しか思いつかないんだけど?」
そっと歩み寄って、ロックオンは刹那の頭を撫でた。自分を見下ろす視線は優しくて、それを疑う気になどなれなかった。けれど「他人には理解できないはずの必要不可欠」がロックオンにとっては自分の存在だなんてことも、信じられないと思った。きっと何か他にあるはずで。けれどそれが刹那にはわからない。
「何言って……っ」
眦をきつくしてロックオンを見上げる。からかわれてなるものか、という気負いが見えて、ロックオンは少し苦笑した。
「化粧品はクリスのだよ。お前さんがミス・スメラギから酒を頼まれたように、俺も頼まれたんだ。予約済みだから引き取って来いってな」
ぽかん、としてしまった刹那に、限定色のネイルだとかリップパレットだとか…、とロックオンは眉を寄せつつ買い物の内容を言う。そう言われても物を連想できないな、と思ってから、自分がひどく勘違いをしていたことに刹那は気付いた。刹那とて、自分には必要のないものを買っていたのに、どうして同じところに考えが及ばなかったのだろう。それはつまり刹那がロックオンのことを知らなさすぎることに繋がる気がして、刹那は悔しくなるのと同時に情けなくなった。
「すまない」
即座にそう言うと、ロックオンは笑って首を横に振った。
「別に謝ることないさ、何も悪いことしてないだろ?」
「下衆な勘ぐりだった」
「お前…、どこでそういう言葉覚えて来るんだよ?そうじゃなくてさ……」
ロックオンは一瞬呆れたような表情を見せたが、すぐにまた微笑んで刹那の耳元に顔を近づけた。
「嫉妬してくれたんだろ?」
「っ……」
脳に直接響くような声で低く囁かれ、刹那の身体がビクリと震えた。人目の多い往来だったため、ロックオンは素早く顔を離したが、そのたった一瞬だけでも刹那にはたまらなかった。
その刹那の様子に、ロックオンは満足げに微笑む。やたらと色気を放つ目元に、行き交う女性が幾人か振り返ったようだが、本人は全く意に介さず、刹那だけを見ていた。慣れない感情に戸惑いつつも、決して自分自身に嘘を吐かない刹那の気性は、ロックオンにとってこの上なく尊いものに思えた。
「さてと。ミッション開始までまだだいぶあるな。すぐに行動に移せる態勢は取っておくとしても…、腹減らないか、刹那。メシ喰いに行こうぜ」
先程の雰囲気を吹き飛ばすように明るく言われ、刹那はただ頷いた。まだどこか夢心地に似た感覚でいた。一瞬にして塗り替えられたから余計に、濃密さが際立った気がする。何度かまばたきをして意識を取り戻すと、両手に提げていた袋がいつの間にかロックオンのもとにあった。
「何食いたい?」
さらりと問うロックオンを少しだけ睨み上げて…、刹那はいつものごとく、何でもいい、と返事をしかけた。しかしふと、言葉を止める。
ロックオンを知りたいと、刹那ははっきり思った。彼にとっての必要不可欠が、本当は何なのかを判断する材料が欲しかった。それが酒や化粧品のように、刹那には理解できない物だったとしても、理解できないなら知らなくていいというわけではないのではないか。
いや、そんな理屈はどうでもよくて、ただ単に。
(もっと知りたいだけなんだ)
「お前が……」
「ん?」
「ロックオンが食べたいと思うものを、食べたい」
刹那が、エメラルドの瞳を真っ直ぐ見てそう言うと、ロックオンはにっこり笑って頷いた。何が食べられるのだろうか、と楽しみに思いつつ、ロックオンの「必要不可欠」が買って帰れるものだといいな、と思った。



あとがき。読みたい方のみ、反転させてどうぞ。
買って帰れませんよ、せっちゃん。食べることはできるけど。というか君が食べられちゃうんだけど。
えーと。
ただ単に嫉妬する刹那が書きたかったんです、ありきたりでごめんなさい!
一見ツンデレ刹那ですが、せっちゃんはツンデレなのではなくて自分の感情にどこまでも素直なのだと思います。わからないことはわからない、って正直に言うし、好きなものは好きって直球で言う。ボキャブラリーの問題もある気はしますが、根が男前なのだろうなぁ!
ろっくんは仄めかすんだよね…。だからこそ刹那の直球にやられちゃってるんだと思いますがw
流れとしてはあの後いちゃいちゃする雰囲気ですが、実はミッション待機中なので武力介入しに行くんだよ。終わってから、終わってから!って二人とも凄いスピードでミッション完了すれば良いと思う!宇宙に帰ってから我慢を爆発させれば良いと思う!どかーんw
えー、バカですみません。お読みいただきましてありがとうございました!
華夜(09.05)






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送