六花クリスマス・イヴの夜に雪を待つようになったのは、母がこの世を去ってからだったとおぼろげながらに記憶している。 『クリスマスに雪が降ったら素敵ね』という母の言葉を、クリスマスになるたび思い出していた気がする。 あの頃は父と母の言葉が全てであったので、何故クリスマスに雪が降ると素敵なのか、と疑問を持つこともしなかった。 年を経るにつれて雪を待つことはしなくなり、唯一無二の親友が出来てからは待っていたことさえ忘れていた。 しかし。 今年、どうしてかもう一度待ってみようか、と思ったのだ。 「クリスマスに雪が降ったら良いのに、とか思ったことある?」 「ない」 ふとした問いかけに一言で即答され、カリムは苦笑した。 「大体、僕はクリスマスに興味を持ったことがない」 先ほど即答した相手、ルックは、いかにも詰まらなさそうに続けた。 今夜はクリスマス・イヴ。城ではトリイを中心にパーティーが開かれているというのに何処吹く風で自室で本を読んでいる。 当然、カリムも招かれてはいたのだが、これまた当然、ルックに付き合っていた。と、いうか邪魔をしていた。 「僕さ、小さい頃、クリスマス・イヴに雪を待っていてね。毎年毎年クリスマスツリーの下で膝を抱えて窓の外を見てたよ。 そして毎年待ちぼうけを食らってたんだけど」 「・・・・・・結構寂しいことやってたんだね、君」 「あはは。母がね、『クリスマスに雪が降ったら素敵ね』って言ったのを覚えていたらしくてね。真剣に待ってたんだ」 「どうして素敵なのかも考えずに?」 「そう来ると思った。まぁ、幼かったからね」 少し、肩を竦める。そしてちらり、暗い窓の外を見た。もちろん、雪は降っていない。 そしてふと、ルックの言った言葉を反芻する。 「・・・・・・どうして、素敵だと思ったのかな」 「は?」 今更ながらに疑問を覚えて、口に出してみる。 幼い頃とは違い、今は一般的にも『雪のクリスマス』を望む傾向があることを知っている。 しかし、理由は、と問われると答えられない。 「母上はどうして『クリスマスに雪が降ったら素敵』だと思ったんだろうね?」 「僕が知るわけないだろ。雰囲気の問題じゃないの」 「・・・・・・そうか」 小さく呟くと、ルックが本を閉じた気配を感じた。 彼の端正な顔を正面から見詰め、そっと問う。 「パーティーに、行く?」 「行くわけないだろ、そんなもの」 くだらない、とでも言いたげにルックは顔をしかめた。そんな様にカリムは笑みを零す。 「君は?」 「行かないよ。僕はルックと一緒にいたいから」 返答が気に入らなかったらしく、ルックは更に眉間に皺を寄せた。 「・・・・・・待ちたいんだろう?雪を」 「えぇ?」 不意を突かれ、カリムは間抜けな声を出す。 本音を目の前に突き出されたが為の戸惑いのように感じ、自身でそれを認めた。 「毎年待ちぼうけだったんだろう?今年こそ『待ち人』が来るかもしれないよ」 「っ・・・・・・」 ルックの言葉には、明らかに気遣いがあって。その優しさが染みた。 本当に優しくて。 彼の言葉が優しすぎて、胸が詰まった。 彼は自分でさえ気付いていなかった「寂しさ」を見出したのだと、知る。 「うん・・・・・・。・・・一緒に、待ってくれる?」 寂しさを自覚したとたん、口から零れ落ちた言葉。言わずにはいられなかったかのように。 「・・・いいよ」 「ルック・・・・・・」 嬉しさと愛しさが溢れて。腕を引いて抱き寄せた。珍しく抗わぬ彼を、すっぽりと抱き込む。 細く、暖かな身体。 誰よりも愛しく、誰よりも大切な人が、こんなに近くにいる。 もしかして、自分はそのことを当たり前のように思ったりはしていなかったか。 そう思って、恐怖を覚える。 どうして。 あんなにも失ったのにどうしてそう思ってしまったのだろう? 「ルック・・・・・・ありがとう・・・・・・」 寂しさを知らせてくれ、忘れていた大切なことを呼び起こしてくれたことへの、感謝。 人として、どこか欠落した部分を持つ自分を認めてくれることへの、感謝。 「何がさ・・・・・・」 不機嫌そうにしながらも、戸惑う響きを持った声。 「ルックが一緒に待ってくれるなら、きっと雪は降るだろうな、って」 カリムは満面の笑みで答えた。 本当は、こうやって、一緒に雪を待てるだけで良い。降らずとも、一緒に待てただけで良い。 雪が降らずとも素敵なクリスマスになるだろうと、そう思った瞬間。 「え・・・・・・?」 いきなり身体を襲った寒気に、震えが止まらなくなる。 ルックの自室にいたはずのカリムは、彼を抱いたまま、木の下に立っていた。 「え、ル、ルック!?」 「ツリーの下で待ってたんだろう?だから」 「もみの木・・・・・・」 転移してくれたのだ、と初めて気が付いた。 深い心遣いが胸に染みて、発熱する。その高温が震えを払いのけた。 「ありがとう・・・・・・」 「別に君の為じゃない。・・・・・・僕も待ってみたくなったんだ」 不機嫌そうに、言い訳のように紡がれる言葉が本心だと、カリムは良く知っていた。 「・・・うん。一緒に、待とう?」 君の為だ、と言われるよりはるかに嬉しかった。この身はもう、多すぎる喜びで飽和状態だ。 「ありがとう・・・・・・」 深く深く、彼の身体を寄せる。 冷たい空気の中、二人体温を分け合った。 「きっと、今年は降る」 腕の中、空を見上げてルックが呟く。それは本当にかすかな声で。 カリムも聞き損ねてしまいそうだった。 「降る、かな」 「降るよ・・・」 細かく震える手が、腕にしがみついて来た。 「・・・・・・今夜、雪が降ったらさ」 「うん・・・・・・」 「母上が言ったことの意味が、分かると思うんだ」 「・・・・・・うん」 「そして・・・・・・ルックにも分かって欲しいんだ」 「うん・・・」 「勝手、かな?」 「うん。でも、いいよ。・・・・・・僕も、知りたいから」 「・・・・・・ありがとう・・・・・・」 冬の冷気に囲まれ、喜びの熱に覆われ。 闇の空を期待して見つめ。 二人それぞれの想いを抱いて六花が舞うのを待ち。 そして根拠のない確信が真実へと転じる。 「あ・・・・・・」 その呟きは、どちらのものだったのだろう。 「ね、ねぇ・・・・・・?」 「うん・・・。雪、だよ・・・・・・。君がずっと待ってた、『待ち人』だよ?」 それは紛れもなく、本物の雪。 何年か越しに姿を見せた『待ち人』。 闇を舞い、二人を包む白き花。 「・・・・・・綺麗、だね・・・・・・」 「寒いけどね」 「あは。そうだね。・・・・・・ねぇ、ルック」 「何」 「僕、分かった気がするよ。『雪のクリスマス』が素敵な理由」 「・・・・・・そう」 「好きな人と綺麗なものを共有出来るから、じゃないのかな。それはきっと、クリスマスに一番必要なことなんだよ。 大切な人と、綺麗な・・・・・・幸福、というものを分け合う・・・・・・。クリスマスは、そういう日。雪は、雪は、それの象徴・・・・・・」 「それも、一つの解釈じゃない」 ルックの声音は、辛辣に聞こえるけれど優しく響いた。 「・・・そうだね。・・・・・・母上も、こういう体験をしたことがあったから言ったのかな、って思ったよ」 「こういう体験?」 「そう。愛する人と雪のクリスマスを過ごした、っていう体験」 「・・・・・・母上も、ってまるで自分もその体験をしてるみたいじゃないか」 「してるじゃない、今。愛する人と雪のクリスマスを過ごしてるでしょ?」 「・・・・・・バカ」 顔は見えずとも、彼の頬が赤いのは想像に易い。 けれど。 想像は出来るけれど。 「ルック・・・・・・」 一度、腕を解いて。 彼を振り向かせ、流れ込む冷気を追い払うように抱き込んだ。 頬は、やはり赤い。それは寒さの所為だけではないのだろう。 闇に雪の降るクリスマスの夜は、彼の魅力を引き立たせ、幻想的に浮かび上がらせる。 「メリークリスマス」 美しく六花を纏わせる彼に見惚れつつ、その唇に深く口付けた。 子供の頃に待ち望んでいた雪のクリスマス。 ツリーの下で膝を抱え。 ただただ、待っていた。 今年訪れた雪のクリスマス。 もみの木の下で彼を抱え。 ただただ、二人でいることの幸せをかみ締めた。 実はこれ、昨年のクリスマス企画で書いたフリー小説と同じタイトルなのです。 「六花」というタイトルと「雪を待つ」という設定が使い捨てにするにはもったいなく思って 使い回ししたらば何だか微妙な話に・・・(汗) テーマが一緒なだけで昨年のものとは全く違う話になっています。昨年は坊ルクじゃなかったですし。 ちなみにこれはフリーではないのであしからず。 華夜(’03・12)
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