どうぞ深呼吸を



その腕を、引き寄せて。ぎゅう、と抱きしめて。大好きだよ、と囁いて。
愛しすぎて呼吸困難。










「ちょっと。いいかげん離れてくれない?」
すぐ耳元で、ルックの不機嫌な声がした。まどろみがゆっくりと開かれる。
(まどろみ?)
さっきまで苦しくて苦しくて仕方がなかったはずなのに。そう思って、なんだかおかしくなった。
「何笑ってるのさ」
ルックの声が険悪度を増し、それで余計に、カリムは笑みを深くする。
気持ちのいい昼下がりだった。木の下で読書するルックを見つけて、そのまま何も言わずに抱きしめてしまったのだ。当然、ルックは抗いを見せたけれど、結局はおとなしく腕の中に収まってくれた。
(そう、やけにおとなしく)
あぁ、もしかしたら、とカリムは思い当たった。ものすごく胸が苦しかったから。抱きしめた腕は震えていたかもしれない、呼吸はまるで上手く出来ていなかった気がする。
要らぬ心配をさせたかもしれない。カリムはそう思って顔をしかめた。そんな必要はないのに。そうではなくて、ただ。
「ねぇ、聞いてるの?離してってば」
いつの間にかルックは自力で腕を引き剥がしにかかっていて、カリムは慌ててしっかりと抱きしめなおした。
「ちょっと!!」
「もうちょっとこうしていようよ」
耳元で囁くと少しだけ、引き剥がそうとする力が弱まった気がした。けれどその代わりに大きな溜め息が吹き飛ばしそうな勢いで落とされる。
「あのね、僕はそんなに暇じゃないんだ。君にだって仕事があるだろ」
「あー、そういえばこれから予算会議に出ることになってた」
「早く行かなきゃ駄目だろッ」
怒鳴る声にどこか気づかいが感じられて、カリムはこっそり苦笑した。
(しまったな)
そうじゃないのに。
(ただ、僕は)
「ったく。まだ精神安定剤が必要なわけ?」
「精神安定剤?」
カリムは抱きしめる力を少しだけ緩めてルックの顔を見た。けれど、視線は合わさらない。それは彼の顔が不機嫌そうにそっぽを向いているからだった。
「何があったのか知らないけどね。知ろうとも思わないし。落ち着いたなら離してくれる?」
カリムはただ、ルックの顔を見詰めて。数回瞬きをした後に口を開いた。
「ルック」
「何」
名を呼ぶと、渋々といったふうにルックがこちらを向いてくれる。柔らかく視線を合わせて。
「僕はそんなにぐらついてた?」
「そんなに、って言われてもね。君の基準なんか知らないよ」
「ルックの基準でいいよ、そんなのは。少なくとも、少量でも精神安定剤が必要と思われるくらいには乱れてた?」
「…そうなんじゃないの。って、なんで君はそんなに嬉しそうなのさ?」
ルックは気味が悪そうに眉をしかめた。カリムが話しながら、ルックの話を聞きながら、次第に笑顔になっていたからだ。
ついに、ふふ、と声を出して笑ってしまい、ルックににらまれてしまった。
「ルック、僕はね、別に何もなかったんだよ?」
「あ、そ。知ろうと思わないって言ったよね?どうでもいいよそんなことは」
「うん、でも知っておいて?」
いぶかしげな顔のルックに微笑んで、また深く抱き寄せた。
「僕がいつもルックを精神安定剤にしている、っていうのは否定できないんだけど」
そう、いつも彼を頼って。乱れた自分を勝手に修復させている。
「でも僕を精神不安定にしているのがルックだっていう場合も多いんだよ?」
「は?何それ。自分の精神不安定を勝手に人の所為にしないでよね」
「うん、ごめんね。でもそうなんだよ…。さっきね、僕は呼吸がちょっと上手く出来なくなってしまってね、苦しくてたまらなかったんだ。どうしてだと思う?」
「知らないよ、そんなことはっ。知ろうとも思わないっていっただろっ!」
「うん、でも僕も知っておいて、って言ったよ?…僕はね、ルックに会いたくてたまらなかった。ルックに触れたくて仕方なかったんだ。愛しすぎて呼吸困難だったんだよ」
「………何それっ?それでその呼吸困難が僕の所為だって言うわけ!?バカじゃないの!?いい加減にしてよね!!」
本気で憤慨しているらしいルックに、カリムは笑いを禁じえなかった。ルックへの愛しさからこみ上げる笑いの他に、そんなところも全部好きだと思ってしまう自分に対しての笑いもいくらか含まれていた気がする。くすくすと笑い出したカリムは、ルックの憤慨を更に勢いづけさせてしまった。
「ルック。ごめん、そんなに怒らないでよ。僕の呼吸困難は僕の所為なんだから」
「当たり前だろ!」
「そうじゃなくて、僕が知っておいて欲しかったのは僕が呼吸困難に陥ってしまうほどルックが好きだってこと」
「っ…………!」
ルックはまた何か怒鳴ろうと息を吸ったけれど、怒鳴る言葉が思いつかないままに、溜め息として吐き出してしまった。その成分はたぶん、呆れと諦めだっただろう。
「好きだよ、ルック」
いつもいつも、こうして抱きしめていたいと思っている。そんなこと、今までの出会いの中にはなかった。だからこんなに呼吸を難しくさせてしまう存在がこの世にあることさえ知らなかった。
でも、もう知ってしまったから。
「ったく、理由が何であれ、もう落ち着いたみたいだからいいだろ。離して。それから、君はもう僕に触れない方がいいね」
「え?どうして?」
声に怒りさえ滲ませて、ルックはそんなことを言った。カリムは慌ててルックの顔を凝視する。
「中途半端に触れるからそんなことになるんだ。全く触れなきゃ平気だろ」
怒りの滲む声を出すルックはしかし、怒っているような表情ではなかった。むしろ、どこか痛みをこらえているように見えて。
「でもまた呼吸困難になったら僕はどうしたらいいのかなぁ?」
「知らないよ!深呼吸でもしとけばいいんじゃない」
そうしてルックはカリムの視線から逃れるようにぷいと横を向いた。その横顔を尚も眺めながら、カリムはしばし考えをめぐらす。
「……なるほどね。でも、じゃあその逆でもいいってことだよね?」
「逆?」
横を向いたまま怪訝な視線を向けるルックに微笑む。
「中途半端なんだよね?今の僕は。じゃあ、徹底的にずーっとルックに触れていればいいじゃない?」
「は!?バカじゃないの、何言って…ちょっ、離してよっ!!」
「嫌だよ?」
暴れるルックをしっかり抱き込んで、わめく口をキスで塞いだ。
「や……」
彼が洩らす息ごと、飲み干すように。ゆっくりと彼の温もりを、感触を、リズムを、楽しんで。
(大好きだよ)
想いを全てそこに注ぎ込んで。伝えたくて。伝えないとどうにかなってしまいそうで。
(知っておいて)
「大好きだよ」
唇を離すと、ルックに思い切り睨まれたけれど。それでも微笑んでそう告げた。
「僕の深呼吸はこれなんだ」
「………手のかかるリーダーだね、全く」
ふ、と溜め息を吐いて、ルックはやはり鋭く睨んだ。諦めただけなのかもしれないけれど、口調は柔らかくなっていた。
思わず、ふふと笑ってしまって。
「ねぇ、ルック。さっき心配してくれた?」
「は?」
「僕が抱きしめた時。何があったのか、って、どうして不安定なのか、って心配してくれた?」
だから抵抗せずに抱きしめさせてくれた?
「しないよ、そんなものは!!何があったのかなんて知ろうとも思わないって何度も言っただろ!?君には学習能力ってものがないわけ!?」
「あはは。大好きだよ、ルック」
声を上げて笑いながら、力いっぱい抱きしめる。溢れて尽きることを知らない想いと共に。
「大好きだよ」
どうか、彼が一緒に深呼吸をしてもいいと思ってくれますように。










その腕を、引き寄せて。ぎゅう、と抱きしめて。大好きだよ、と囁いて。
愛しすぎて呼吸困難。





  


え、これで終わりでいいんですか。勢いでそのまま何にもストップをかけずに書いたらみごとに勢いだけの話になりましたね!
坊ちゃんがただひたすらルックに好きだよ、と言う話が書きたかったんですが。よく考えたらいつもそんな感じでした。あはは!
これは外せない!ってやたら入れちゃったのが「愛しすぎて呼吸困難」
気に入ったらしいです;…なんかただの自己満足!それに留まらずに読んでくれた方が少しでも気に入ってくれたら嬉しいです。
失礼しました、ありがとうございました!!
華夜(05.03)







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