へー、って思った。
なぜだか少し、ちくり、ってした。





大げさすぎるんじゃねぇの、って感じの動作も、彼がやると様になる。
こくこくと頷くたびに跳ねるように揺れる銀の三つ編みを頬杖をついてぼおっと眺めながら月みたいだな、とロイは思った。
湖上にあるこの馬鹿でかい城へ腰を据えてそろそろ一月になる。初めてここへ足を踏み入れたときの驚きは、今もまだ鮮明だ。いや、日々鮮やかに塗り替えられていると言った方が正しいかもしれない。日ごとに、この城は輝きを増しているから。実際には城の中身が、だけれど。
今、ロイの目の前で金髪の女王騎士と話している少年を筆頭に。
ロイは、王子なんてお幸せな甘ったれ野郎だと思っていた。
思い込みというやつだ。
金がない生活なんていう過酷は、そいつにはわかるまい。素性も知れぬゴロツキめ、と邪険に扱われる辛苦は、そいつにはわかるまい。わかるなどとは、口を縫い付けてでも言わせない。
そんなことは想像も出来ないくらい良い暮らしをしているそいつは、自分と同じ顔をしているという。同じ顔なのに住む場所は天国と地獄ほどの差がある。何がいけないのだ、不公平にもほどがある。

バカバカしい。

自分がそんなことを考えていたのだと思うと反吐が出る。
確かに、わからないだろう。体験したことのない過酷や辛苦は、決してわからない。けれど、それは誰でも同じなのだ。
彼が今身を置く過酷。彼が味わっている辛苦。
それは、ロイには決してわからない。わかるなどとは、口が裂けても言えない。
同じ顔なのに、立っている場所は空と海のように離れている。決して交わらない。何が違うのだ、不公平にもほどがある。
「ロイ?」
「んあ?」
いつの間にか、ロイの真正面にはユズがいた。不思議そうな顔でロイを覗き込むように見ている。
月にも負けない美。銀と青のバランス。
「何か悩みでも?怖い顔だよ」
「いや、別に何でもねぇよ」
ロイは苦笑した。ユズの観察をしていたはずが、集中が切れて自分の思考の中に沈んでしまっていたらしい。
「悩みじゃないならいいんだけど…。ロイにじっと見られてるのは結構慣れたんだけどさ、そんな怖い顔して見られてると何かしただろうか、って心配になったりするんだ」
ユズはちょっと笑ってそう言った。そしてロイの向かいに腰を下ろす。テーブルの上に置かれたレモン水を指して飲んでいいかと目で問われたので、ロイは黙って頷いた。
「まさか、王子を睨んでいたんじゃないですよね!?」
いつでも相手をしますよ、と言わんばかりのリオンの台詞に、ロイは苦笑を通り越して顔をしかめる。少しぐらいユズ以外の人間を中心にして考えるということに挑戦しても罰は当たらないと思う。
「違うって。心配すんなよ、いっつも王子さんばっか見てるわけじゃねぇからよ」
ロイはユズににやり、と笑い返して見せた。実は本当だったりする。彼の観察、と称していつも傍に控えているリオンばかりを見ていることも多いからだ。
「ま、今みたいな顔のときは王子さんを見てるんじゃねぇから」
どんな顔をしていたのかという自覚はほとんどないが、とりあえずリオンの警戒を完全に消す為、ロイは適当に言った。
「恋の悩みだったらいつでも聞きますよー?」
金髪の女王騎士はへらり、と笑ってユズの横に並んだ。その笑顔が本当は何を考えているのか、見抜けそうで見せてはくれない。
ちくしょう、とロイは思う。軽く悔しいがそれがなぜだかはわからない。イライラさせられるのは今まで周りにいなかった人種だからだろうか。
──そうではないと、本当は知っているが。
「ダメだよ、カイル!ロイの悩みは僕が聞くんだからね」
「王子がロイ君のこと大好きで、相談に乗ってあげたいのはわかりますけどー、恋愛相談はやっぱり経験がものを言いますからねぇ…」
「えぇ?カイルの経験が役に立つかはわからないと思う」
目の前で好き勝手なことを言い出した二人を、ロイは苦笑しながら眺めた。
ユズの無邪気さがどこまで『装い』なのかということを、この女王騎士はわかっているのだろうか。きっと半分くらいだな、と思ってロイはほくそ笑む。
性格が悪い?そんなのは今更だ。
「じゃあロイに訊いてみよう?ロイ、どっちに恋愛相談をしたい?」
「……なんで俺が恋に悩んでることになってんだ」
呆れたような口調で言ってからロイはにやり、と笑った。その瞬間にユズが不思議そうに首を傾げたが、その瑠璃の瞳に面白がるような光を宿したのをロイは素早く察した。
「恋愛相談が必要なのは俺じゃねぇだろ?」
二対の瞳が、さっと色を変える。似ているが、はっきりと異なる色の二対の瞳。まん丸の。
一対は羞恥に。もう一対は……怯えに。
「ロイく……」
「ロ、ロイ!?」
「そんなに慌てなくてもいいじゃんよ」
ロイは、視線を合わせた。ユズと。
「いや、あのね、何か勘違い……」
「隠すことないだろ。心配いらねぇって、誰にも話さないからよ。たぶん俺、相手会ったことねぇしな。だろ?」
「えーと……」
白状しようかシラを切ろうか迷っているユズに苦笑してみせる。視線は外さない。目の端に金髪だけが映る。そういえばこいつも月に似てるかな、なんて思った。
「王子殿下!」
ぴりっとした声が、その場の空気を変えた。レレイが踵を鳴らしながら歩いて来るのが見える。ユズも表情を変えてそちらを振り向いた。
「ルクレティア様が呼んでおられます」
「何かあった?」
「たぶん先日提出していただいた書類の内容に変更が出たのだと思います。急ぎではないようですが、出来れば今お時間がありましたら……」
「わかった、すぐ行くよ」
ユズの後姿が頷く。レレイは敬礼をして去った。無駄のない動きだなぁ、とロイは暢気に思った。
「ええと、ロイ……」
「あぁ、行って来いよ。……また、今度な」
最後の部分はにやりと笑って言ってやると、ユズは立ち上がりながらふふ、と微笑んだ。シラを切るのはやめたらしい。
「うん、是非」
ユズはさらりと立ち去った。リオンもこちらに──まぁたぶん主に女王騎士に対してだと思うが──、一礼して後に続いた。
わざと残ったのか、それとも立ち去るタイミングを逸したのか。
十中八九後者だとは思うが、ともあれ結果は同じだ。その場には、二人だけになった。ロイと、金髪の女王騎士──カイル。
今までが騒がしかったからかもしれないが、静けさは異常に身にしみるように感じられた。
「……ロ、ロイ君の好きな人ってやっぱりリオンちゃんですかー?」
沈黙に耐えられなくなったのはカイルの方だった。それにしたって短すぎないか、とロイは思わず苦笑する。
「何を怖がってんだ?」
「え、えぇー?俺じゃないでしょー?そっかーロイ君怖いんですね?振られるのが?いやぁ、怖がってちゃダメですよー、ドカンとぶつかって行かないとー」
「じゃなくてさ」
ロイは少し、イライラした口調で遮った。ホントこいつ人を煙に巻くの得意だよな、と思う。巻かれてなんかやらないが。
「怖がんなよ、特に何も思わなかったんだからさ、俺」
話し出しながら、そういえばまだまともに顔見てねぇや、と気付いた。
「ふーん、って思っただけ。女王騎士のくせに、とか、男のくせに、とは思ったけどよ。それって偏見だしな。俺もあんまデカイこと言えるほど自分のこと常識人だと思っちゃいねえし」
カイルが、どういう反応を示そうかと困っているのが雰囲気でわかる。ロイはゆっくりと立ち上がった。
視線を合わせないまま背を向ける。
「えーと、ロイ君……」
「恋の悩みだったらいつでも聞きますよー?」
ロイはカイルの口調を真似て言った。出来るだけ、ただの冗談に聞こえるように。
「あんたさ、」
それからゆっくりと振り返る。
正面から見た瞳は、びっくりするくらい暗かった。

「王子さんのこと好きなんだろ」

ぴしり、と。

その瞬間確かにヒビが入った。




 


華夜版カイロイの始まりでござりまする…。
初っ端から爆弾抱えさせてますが…;ひぃ。
私はどうしてもカイルを苛め抜かなければ気がすまないらしい。愛の裏返し(笑)
ご拝読ありがとうございました!
華夜(07.2)








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