幻の覇王


これは夢だ、と、依然として眠りの中にいながらもわかってしまう夢というのはそう珍しくなくあるものだ。それは奇妙な感覚なのだけれど、意外とあっさり受け入れて自分の夢でありながら傍観してしまう。今まさに、ルックはその状態にあった。
「わかった。よし、次の報告を」
無駄のない口調で言う男──と呼ぶよりは青年、もしくは少年と呼んだほうがふさわしいであろうと思われる者は、豪奢でない、けれど立派な玉座に腰を落ち着けていた。姿は、遠くて良く見えない。
「はい。都市同盟とハイランドとの休戦協定に亀裂が入ったようです」
「そうか……」
「あまり驚かれませんね」
「上手くいかない可能性はかなり高いと考えていたからね。それより、詳細を」
「は…。ハイランドの少年兵部隊に都市同盟側が奇襲をかけたそうです。少なくとも、ハイランド側はそう主張しています」
「……とんだ茶番だね」
とても聞き逃がせないことを話している。声にも聞き覚えがある気がした。夢だ、と自覚しつつ朧に眺めていたルックだが、会話の内容に、次第に意識がはっきりしてきた。もしやこのまま目覚めるのではないかとも思ったが、その兆しはなく、ただ夢が現実のようにクリアになってゆく。
「誰にでもわかる幼稚な仕掛けだが、しかし休戦協定を無に帰すには充分だ」
平然と、いやむしろどこか面白がるように言う玉座の男が何者なのか知りたくて、ルックは目を眇めた。夢の中なのだから物理的には閉じているはずだが、この際そんなことはどうでもいい。
「この奇襲がハイランド側の一人芝居であることは疑いがないと思われます。しかし奇襲をかけられた兵はおそらく何も知らなかったでしょう。当然ともいえますが。…むごいことを」
先程から受け答えしている女性──こちらも少女といった方が良いと思われるほどの年齢だ。その、沈痛そうな声にも聞き覚えがある気がした。
「全くだ。…とにかく、そちらはしばらく様子を見よう。慌てて動いても得るものはない。むしろ初めからこちらが関与していたのではないかとあらぬ疑いがかけられるだけだからね」
「はい」
「もしかしたら…、君にあちらへ行ってもらうことになるかもしれない」
「わかりました。そのつもりでいることにします」
「うん、よろしく。たぶん…、そう遠いことではないと思う。悪いね、アップル」
(アップル?)
さあっ、と体温が下がった気がした。アップル?この少女が?
まさか、と思った。何なのだろう、この奇妙な夢は?なぜ彼女が玉座の前で報告などしている?しかもこんな内容の。一体ここはどこなのだろう。玉座にいるのは誰なのだろう。
ルックの胸が、ざわざわと騒いだ。
これは夢だ。わかっているのに、言いようのない不安に襲われた。これは本当にただの奇妙な夢なのか。
「いえ。これも勉強です。むしろ、いい機会を与えていただけたと思っております」
「うん。君にはもっともっと勉強してもらわなくては。…きっと苦労をするだろうけど、フリックやビクトールがいるだろうから使ってやればいい。そのうちシーナも送り込むからそれまで我慢して」
「陛下…、私が冗談が苦手なことはご存知でしょう」
(陛下?)
玉座にいるところから予想はついていたが、アップルだという少女が話している相手はどこかの王であるらしい。ではどこの?どこの国の誰だというのか。
たかが夢を、ここまで気にする必要はないのかもしれない。けれどルックはなぜかそうはできなかった。玉座の男は自分が知っている人物のような気がしてならなかった。自分の脳が好き勝手に作り出したただの幻では済まされないような、そんな気が。
(本当はもうわかっているんじゃないのか?)
ルックは自問した。とても、自答できなかった。
「冗談じゃないよ、本気さ。そのうち送り込むから。よろしく頼むよ」
「そんな!遊びじゃないんですよ?」
「もちろんだよ。僕だって君といちゃいちゃさせるために送り込むわけじゃないよ?」
「陛下!!」
「あいつも、僕の右腕としてこき使われるんだってことをそろそろ自覚してもらわないとね」
常に冷静に受け答え、時には冗談を交えながら進められる会話。深くて魅力的な声音。そして、相手の抗議をあっさり無視してゆく柔らかな強引さ。
この全てを持っている人物など、ルックは一人しか知らない。
まさか。
まさか。
そうであるはずがない。けれどそうでないはずもない。
夢であるというのに、ルックは自分が震えていることに気がついていた。
「陛下のお役に立つかどうか…、と私が言うとレパント様に失礼ですけど」
「いや、構わないと思うよ。レパントが一番心配しているだろうからね。でも、大丈夫。あいつは結構凄い奴になるよ?」
「……だと良いんですけど」
「やっぱり、それなりに使える男じゃなきゃ結婚できないよね?」
「陛下!!」
「ふふふ」
やめて。そんなふうに笑わないで。もう、否定しようがなくなってしまう。
「じゃあ、とりあえず今日のところは下がって良いよ。また何か新しい情報が入ったら知らせてくれるかな」
「御意、」
アップルは恭しく一礼した。

「カリム・マクドール陛下」

凍りついた。
声が、出なかった。
叫んでいれば、目覚めたかもしれないのに。







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