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今年の終わりが近づくにつれ、夜を一人で過ごすことが少なくなっていった。

ラスト一週間に関して言えば、全くない。

寄り添って眠り、時には身体を重ねた。

そして朝、隣に彼がいることを確かめてほっと安心する。

その瞬間、自分の弱さを思い知り、悔しさに唇を噛み締める。

けれど。

毎夜打ち寄せる不安を追い払えなくて。

また、彼に縋る。

繰り返され、繰り返し・・・・・・

救って、とも言えずに彼の強さを勝手に利用している。










今日が、終わる。

今はまだ、今日。

あと少しで、明日。



今年が、終わる。

今はまだ、今年。

あと少しで、来年。



それはあちらとこちらを分ける夜。

本当は普段と何ら変わらぬはずの夜。

大昔に誰かが線を引いたために特別のように思われるだけの。

でも。

そうわかっていても。

自分でも理解しがたいほど不可解な恐怖は消えてくれることはなかった。

彼の熱い手によってでも、消せられはしない・・・・・・。

わかっていたけれど、今夜も彼に縋った。

彼はきっと、そんなこと思ってやしないだろうけれど。

「もうすぐ日付、変わるね・・・・・・」

耳元で、カリムが囁いた。それは頭に甘く響く。

「ん・・・・・・」

身体の震えは彼の手がもたらすものだけではなかった。

けれど、この行為だけの所為にしようとしていた。

臆病で、狡い自分。

わかっているけれど、わかりたくなくて。

考えることを拒否するために、彼の背にひときわしっかりと腕を回した。

「ルック・・・・・・?つらい?」

気遣う言葉は優しくて。ルックは大きく頭を振って否定しながら、芯が揺さぶられる感覚を覚えていた。

「嘘吐き」

「・・・え?」

返された言葉は思いがけないもので。

「嘘吐きだね、ルック」

「嘘吐き?嘘なんか言わない。馬鹿なこと言ってないで、続ければ」

顔を覗き込もうとするカリムに、ふい、と背けて見せまいとする。きっと、赤いだろうから。

「ダメ。ルックが怖がってるのに次になんかいけない」

「怖がってなんか・・・・・・!」

ない、と続けることは出来なかった。

「ん・・・・・・ッ」

くらり、と目眩にも似た感覚に、頭の中にあるものが全て吹き飛んでしまうかとさえ思った。

「何が怖いの・・・・・・?」

言葉を封じた深い口付けから解放され、ルックは息を吐いた。

問いにまともに答える気なんかさらさらなくて、彼を睨む。

「だから!何も怖くなんてないさ!初めてじゃあるまいし!」

「そうじゃないだろう?」

真剣みを帯びた石榴の瞳がルックを射抜いた。

こうなったカリムから逃れることなど、出来るはずない。

「何に脅えている?最近ずっと、何かを怖がっていただろう?一体何がルックをそんなに怖がらせているの?」

「だから何も・・・・・・」

「ルック」

逃れられるはずがない。

心の底から心配だと思ってくれている、この真摯な眼差しに、勝てるわけがない。

そうわかっていても、知られたくなかった。

心配をかけるから、とかそんな温かい想いではない。

ただ、自分に恐怖があるという「弱み」を見せたくない、という自分勝手な思い。

そう、役にも立たないちっぽけなプライド。

「ルック」

再び、名を呼ばれて。

「・・・・・・っ」

柔らかく抱きしめられた。

もとからないに等しいルックの抵抗は全くの無力だった。

「僕は、そんなに頼りない・・・・・・?」

「そんなこと!・・・・・・頼りない、頼りたくない奴なんかと一週間も床を一緒にするもんか」

憮然と言えば、カリムが微笑んだ気配がした。それだけで、空気がふ、と和みを帯びる。

「減っていくんだ・・・・・・」

「減っていく・・・・・・?」

「今日という日が過ぎていって、今年という時が少なくなって・・・・・・。

未来がどんどん近くなって・・・・・・。それがとてつもなく恐ろしくて・・・・・・」

鳴咽こそ出ないものの、声が震えるのを押さえられずに情けなく感じた。

「まるで自分の中から光が奪われていくような感じがするんだ。真っ暗なトンネルの入り口へ引っ張って行かれるようで・・・・・・。

君の姿さえ、霞む・・・・・・」

「・・・・・・」

もう隠せぬ身体の震え。

彼は何を思っただろう。

こんな不可解な恐怖を感じていることに、心底呆れてはいないだろうか。

そうでないとしても、この思いを理解など出来ないはずだ。ルックが抱いた恐怖は、あまりにも形のなく、掴めない。

しがみつくように身体を寄せるルックを、カリムは優しく抱き、髪を撫でた。

安心を与える調べをルックに流し込みながら、彼は口を開いた。・・・ごく、軽い調子で。

「僕は・・・・・・逆なんだけどなぁ・・・・・・」

「え・・・?」

「この時期になると特に思うけどさ。時が過ぎる、って増えてくことじゃないのかな」

「増えて・・・?」

「うん。たとえばルックと一緒にご飯を食べて、おしゃべりをしたりして、一日が終わったら、さ。

それは、ルックと一緒にいられた日が一日増える、ってことだろう?

一年が終わると、ルックと一緒にいられた年が一年増える、ってことさ。

君と一緒にいられた過去が、増えていくんだ。すごく、すごく嬉しいよ」



何と言ったらいいのか、わからなかった。

厚い暗雲にいきなり穴が開いたような気分だった。

自分の弱さが浮き彫りにされ、彼の強さが際立ったけれど、そんなことはもうどうでもよかった。

ただ、幸福に似た安堵が、この胸に訪れていた。

いや。幸福に似た、ではなく幸福が彼によって与えられていた。

あの恐怖が完全に消えたわけではないけれど。形のないものの形が、変わった気がした。

彼と一緒にいられることが、嬉しくないはずなど、ないというのに。

どうして時が過ぎるのを怖いと思ってしまったのだろう?

この嬉しい時間を失うやも知れぬと、どこかでわかっていたからだろうか。

ならば尚のこと、時が過ぎることに感謝せねばならなかった。

失うことを恐れるということは、今が幸福である証拠だから。

「──っ」

何か言おうとしても。駄目で。

さっきよりももっと、身体が震えた。

彼にさっきよりももっと、深く抱きしめられる。

言葉では到底説明出来ぬ何かがにじみ出ていて、愛されていると感じた。

それが決して己惚れではないことも。

そして愛しているのだと、思った。そんな自分がなんだかおかしくて、笑みが零れそうになる。

「あ、もう一分もないよ。年が明けるよ、ルック」

囁かれ、顔を持ち上げられて。

至近距離で見詰め合った。

カリムの笑顔につられるように、わずかに笑って。

次第に華やぐ空気を感じ取り、新しいものが来る、と胸を高鳴らせた。

今、時は一秒一秒じりじりと新しい年へ向かって進んでゆく。

そして。

「あけましておめでとう、ルック」

二人の共有した年を、また一年増やした。


二周年の新年小説メール配布企画で申し込みのあった方にお送りした小説です。
年が明ける瞬間が書きたかったんですけど。注意マーク、付けたほうが良かったのでしょうか。エロイのは雰囲気だけだからいいかな、と思ってしまったんですが。
そろそろいつものこととは言え、ルッ君が乙女に見えます……。
華夜(03・12)
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