細雪の夜




冬は寒い、なんてことは、今更口にするのもはばかられるほど当然のことで、わかっていたことではあるけれど。それでも手鏡で帰って来たとたん身が凍りつくような冷たい空気の中に立たされるのは、充分驚くに値する事態だった。
城はもう仕事を終えて眠りにつく時刻。灯りもほとんど落とされ、当然暖房器具が稼動しているわけもない。そんな時間まで連れ回されていたことに多少では済まされないほどの不満を感じていたルックは、寒さに不機嫌を増長させられてトリイを睨んだ。
トリイはその視線を受けて冬が寒いのは僕の所為じゃないのに、とでも言いたげに弱々しい苦笑を見せた。
早く部屋に戻って温まろう、と足を向けたが。
(もしかして)
ふ、と思いついた考えに歩みが止まる。いつもならそんなこと、思いついてもどうでもいいかと思って気にしないところだが、今日は少し確かめてみたい気分だった。
くるり、と向きを変えてホールの出口へと歩き出す。トリイが不思議そうな目で見たが、何も訊いては来なかった。どんな答えが返ってくるかが予想できた為だろう。
(なんだっていいだろ)
それは自分への答えでもあった。どうして今日に限って、と心中で問う自分への。










「やっぱり」
あの異常な寒さはやはりこの所為だったか、とルックは空を見上げた。
漆黒と呼ぶには柔らか過ぎ、藍と呼ぶには深過ぎる夜色の空からは、細かな細かな雪が降ってきていた。粉雪と呼ぶには大き過ぎ、牡丹雪と呼ぶには小さ過ぎる雪、細雪が。
どんな音もしないように思われる静寂。雪の粒が地面に落ちる音まで聞こえそうだった。
「っふ……」
あまりの寒さにルックは思い切り身を震わせる。本当に身体が凍ってしまうのではないかと思われるほどだった。外套も何もない状態で雪の降る野外に立っていたらそれも当然だろうが。
頭や肩、顔などに降りかかった雪を払い、真っ先に冷え切ってしまった手を擦り合わせながら、せめて動いていようと歩き出した。雪と同じ色の息が、呼吸するたびに口から出ては消えてゆく。
いつもだったなら雪を確認したとたんに部屋へ引き返していただろう。いや、それ以前に雪を確認することさえしないに違いない。
なのに、なぜ。らしくもない好奇心を抱いてしまったのか。もっと見ていたいなんて、思ってしまったのか。
(……知らないよそんなこと。なんだっていいだろ)
歩きながらまた、雪が舞い降りてくる空を見上げた。途切れることなく、けれどいつも美しい間隔で降りてくる細雪。今このとき、世界は夜色と純白によってのみ彩られている。
はずなのに。前方に戻されたルックの双眸に飛び込んできたのは、鮮やかな赤、深紅だった。
「……」
それは、確認するまでもなく。紛れもなく、カリムの姿だった。
彼はこの凍りそうな外気の中、微動だにせず立ち尽くしていた。肩や頭のバンダナが雪で白くなっているのにも全く気にする様子はない。もしくは、気付いていないのか。
声をかけるべきか、ルックは躊躇った。何をしているのかと訊いたところで返事は決まっているし、逆に問い返されるのもなんとなく嫌だった。かといってこのまま素通りできるわけもない。
引き返そうかと思った瞬間。
「あれ?ルック?」
カリムがルックの存在に気付き、驚き顔で問いかけた。
「どうしたの、こんな寒いところで」
「……それはこっちの台詞なんだけど」
仕方なく、ルックはカリムの近くへ歩みを進めた。
「僕?僕はただ雪を見ていただけなんだけど」
ほぼ予想通りの答えを返し、カリムは目を細めてふっと微笑んだ。寒さなど微塵も感じさせない笑顔。常人の感覚なのかどうかを本気で疑いたいところだ。
「部屋からだって見れるだろ。なんでわざわざ寒い思いをしてこんなところで見てるのさ」
「ん……、そういう気分だったから、かな。外で見ていたいと思ったんだよ」
「ふうん」
ルックが気のない返事をすると、カリムは何がおかしいのか小さくくすくすと笑って視線を空に戻した。
ルックはなんとなく、そんな彼を見ていた。
何か理由があるのだろうか、と考える。言わないだけで、本当は外で雪を見たかった理由があるのだろうか。
どうして、ともう一度問うてみようかと思った。けれど。
(僕は?)
自分はどうなのだろうと考える。雪が降っているのだろうかとらしくもない好奇心で確かめに来たり、そのまま雪を見ていようと歩いていたり。そんなことをする自分になんと理由をつけた?
(なんだっていい)
そう、何だっていいのだ。行動一つ一つに理由をつける必要がどこにあるのだ?そんなものの重要性は一体どれほどのものだというのだ?
(理由なんて)
所詮は後からついてくるもの。
カリムに気付かれないように、ルックは僅かに微笑んだ。思考をめぐらせていたことでぼやけていた視界に注意して見る。
視線はちょうどカリムの顔、頬の辺りだった。
細かな細かな細雪が、ひとひら、またひとひらと彼の頬を撫でて溶けてゆく。
(触れたら、溶けるかな)
この自分も、その頬に触れたら。
(溶けてしまうかな)
それは少し恐ろしくもあり、嬉しくもあり。
今日はどうもおかしいようだ、とルックは思った。らしくない。こんなことを考えてしまうなんて。その理由は考えないことにしたが。だって。
(理由なんてなんでもいい)
ルックは途切れることなく降りしきる細雪にまぎれて、カリムの頬に口づけた。


  


細雪、ささめゆき、という響きがよくって気に入っちゃって。
なんか書けないかな〜、書きたいな〜、って思ってたら。こんなんが出来ました。
ルッ君がやけに可愛くなりました。あれ。
何が言いたいのか良くわかりませんが。わからないはずです、ないも同然なんで!
理由なんかどうでもいいじゃないですか(笑)
華夜(05・1)







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