背伸び
爪先立ちをすれば、世界が違って見えるような気がした。
いつもより、ほんの少しだけ高い位置から見る世界。
見下ろすほどの変化ではないけれど、確かに変わる視界。
ねぇ、こんなに簡単なことなんだ。──世界を変えるのは。
ただちょっと伸び上がるだけ。
ただちょっと踵を浮かせるだけ。
ただそれだけの、ことなのに。
『なァんでできねェのかなーあ?』
僕を後ろから抱きしめたまま、ハレルヤが囁く。
ひっそりと。耳朶に忍び込む、低く恐ろしい…けれど強烈に甘い声。
『ただそれだけのこと、なのになァ?』
「……ハレルヤ」
『そぉだろォ?ただそれだけのこと、だ、アレルヤ』
「それだけのこと…」
ただちょっと伸び上がるだけ。
それだけで世界は変わる。
だから。
『そう…、』
ハレルヤの声がすぅっ、と優しくなる。
ぞくぞくと背筋が震えて身を竦めると、一層深く抱きしめられた。
『ただ引き金を引くだけ、だ』
背伸びを、するように。
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