繋いだ手はバニラの香り──3



ひどく喉が渇いていた。
空色のベンチに腰掛け、刹那は四分の一ほど残っていたペットボトルのミネラルウォーターを一息に飲み干した。ぬるい。
空気が乾燥しているとか、気温が高いということはない。むしろ刹那の故郷の方が暑く、乾いていた。
つまり、この渇きは環境が原因ではないのだ。
「……っ」
自分が緊張しているということが悔しかったから、疲れている所為だと言い聞かせる。それも事実ではあった。
人身事故によるダイヤの乱れだとかで、本当なら昨夜に到着するはずだった列車は遅れに遅れて翌朝早くに到着した。車が駅に迎えに来ることになっていたのだが、ロータリーにそれらしきものはなく、どうしたものかと駅前をうろついた果てにこの公園に辿り着いたのである。

刹那はこれから、新しい家族のもとへゆく。

(家族…)
家族の定義が、同じ空間で寝食を共にするコミュニティ、というだけならば間違いなく家族なのだろうが。
刹那には、あの男を自分の「家族」として見ることはどうしてもできなかった。
今日から「家」となる屋敷に、場所を教えられていながら自分から向かうことができずにいるのは、そんな違和感と不安があるからだった。だからといって、あの家に行くことを拒否することなどできはしないことは、わかっていた。
来たときには閑散としていた公園も人影が増え、目の前ではピンクのワゴンがアイスクリームスタンドになろうとしている。いつまでもこうしているわけにはいかない。
(こんなのは、たいしたことじゃない)
言い聞かせるように、胸中でつぶやく。その胸に痛みを感じたが、刹那はそれを振り払わず享受した。
自分が負わせてきた傷は、この何倍もの痛みで彼らを苛み続けただろうから。
ぐ、と唇を噛んだとき、風が通りすぎた。爽やかでこそあれ、寒さは感じないはずのそれに、刹那はぶるっと身を震わせた。
と、その瞬間に。
(あ)
すらりと長身の男が一人、緑の風のように刹那の視界をかすめていった。明るいブラウンの髪が僅かに靡いた様が清々しく、さらりとした身のこなしが妙に刹那を惹き付けた。 彼はアイスクリームスタンドの前で立ち止まり、店員らしき青年にラムレーズンを、と言った。
「はいっ、ありがとうございます!」 背を向けているのをいいことに、刹那はその男をまじまじと眺めた。綺麗だな、と思った。
「お待たせしました!」
青年が男にラムレーズンのアイスを手渡す。続けてもう一つ、アイスクリームを差し出した。
「ん?頼んでないけど…」
男が僅かに首を傾げて言うと、青年は爽やかに笑った。 「ただいまキャンペーン中でして、お買い上げ一つにつき、アイスをもう一つ差し上げてるんです!」
「あぁ、そうなんだ…」
宜しければ、と手渡されたそれを、男は受け取った。すでに用意されているものを無下に突き返すこともできない、と思ったのだろう。しかし、男は二つのアイスクリームを明らかに持て余していた。両手に一つずつコーンを持って、困り顔で辺りを見回す。そして刹那の姿を見つけて、にっこりと微笑った。

TO BE

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