繋いだ手はバニラの香り──4



(えっ)
柔らかに笑う目と、正面から出会ってしまって、刹那はドキリとした。とっさに顔を背けたものの、不自然な動きだったことは明白だ。
(じろじろ見てたの、気付かれた…!)
カッと頬が熱くなる。男がこちらに近付いてくる気配がして、刹那は身を竦めた。
「あのさ」
俯いた刹那の頭の上に、男の声が降る。そろそろと視線を上げると。
「良かったらこれ、もらってくれないか?」
視界にそれしか入らないくらい近くに、アイスクリームを差し出された。文字通り目の前が真っ白になり、甘いバニラの香りがふわりと鼻をくすぐった。
視線をもう少し持ち上げると、男の笑顔が先程よりも数倍近くにあった。どくんっ、と心臓が跳ね上がる。
男は実に端正な顔立ちをしていた。特に、エメラルドのような透き通った瞳が美しかった。
「おまけでもらったんだがとても二つは食べられそうにない。身勝手で申し訳ないが、捨てちまうのも勿体無いし、迷惑じゃなかったら……」
不思議に耳に馴染む声だった。刹那が損をするような申し出でもなかったから、こくり、と素直に頷く。
「ありがとう」
両手でアイスクリームを受け取ってそう言うと、男は優しく笑って、礼を言うのは俺の方だよ、と言った。
その笑顔に刹那はまたドキリとして、慌てて視線を外した。受け取ったアイスクリームを見つめて、舌先でそろそろと舐めた。刹那はアイスクリームというものを、見たことはあれど食べたことはなかった。
(冷たくて…、甘い…)
刹那の口元がふっ、と緩んだ。
「旨いか?」
なんだか気恥ずかしくて、刹那は無言で頷いた。
「そっか。良かった」
男は嬉しそうに笑った。そしてベンチを指差し、隣良いか?と訊くのに、刹那はまた黙って頷く。
「俺はロックオン。ロックオン・ストラトスだ」
「……刹那」
ロックオンと名乗った男の声がすぐ隣で聞こえるのに狼狽えつつ、それを悟られたくなくてアイスクリームに向き合う。
「刹那か。刹那は、ここで誰かと待ち合わせなのか?」
「……いや、駅で……。でも列車が遅れたから……」
「ふぅん?ここにいて大丈夫か?電話なら貸してやれるが…、番号わかるか?」
「あ…、いや、それは……」
ロックオンの申し出に、刹那は口ごもった。電話番号を知らされていたが……、
(かけたくない……)
あの家に行くまでの時間を、できる限り引き延ばしたかった。
「ま、見ず知らずの男に心配されるのも気持ち悪いよな」
黙ってしまった刹那に何を思ったのか、ロックオンは肩を竦めてそう言った。
「あ……」
(そんなつもりじゃ)
刹那は言い繕おうとして言葉を探す。しかし、
「それよりさぁ刹那、お前さん腹減ってたりしないか?」
ロックオンは気にしたふうもなくそんなことを言った。
「朝飯喰おうと思って出てきたのに何でアイスクリーム買ったんだろうな、俺。腹膨れないよな、これじゃ」
苦笑しつつ紡がれる明るい言葉に、刹那はつられたように少し笑った。その瞬間に。

ぐぅ。

ロックオンと刹那の腹が同時に鳴いた。
「っははは!」
実に可笑しそうなロックオンの笑い方はとても気持ちが良くて、刹那も一緒に笑った。
声を上げて笑ったのは、ひどく久しぶりな気がした。

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