繋いだ手はバニラの香り──6



ホットドッグを頬張りながらエレベーターのボタンを押す。マスタードが足らない、とロックオンは顔をしかめた。
電話はスメラギからで、昨日連絡した件について話がある、とオフィスに呼び出された。公園からオフィスまでの距離はそうたいしたものでもなかったため、ホットドッグ一本を食べ終える頃に、ロックオンは無機質な扉の前に立っていた。
「プトレマイオスビル」の十二階『株式会社ソレスタルビーイング 特殊人材部』
そこがロックオンの職場だった。エレベーターを降りると、わざとらしいくらい明るい雰囲気の受付に人の姿はなかった。そういえばまだ就業時間には早いのだ、とそこでようやく思い出す。
「おはよう、ロックオン」
オフィス内に歩を進めると、引き締まった巨躯が爽やかな笑顔で出迎えた。同僚のアレルヤ・ハプティズムだ。
「アレルヤ…、おはよう」
挨拶を返しながら、ロックオンはアレルヤに刹那が食べるはずだったホットドッグを差し出した。捨ててしまうのはもったいないが、二つも食べる気にはなれなかった。
ちょっと冷めちまってるけど良かったら、と言うと、アレルヤはありがとう、と受け取りながら小首を傾げた。
「何でホットドッグ?」
「まぁ、ちょっといろいろあってな。それより、今朝は随分と早いじゃないか」
「うん…、スメラギさんに呼び出されたんですよ」
「え?」
昨日の件で、と呼び出されたからロックオンはてっきり自分の個人的な案件についての話があると思っていた。しかしアレルヤも一緒に、となるとどうやら違うようだ。
(ま、そうすぐにはな……)
残念に思う反面、どこかほっとしている自分がいて、ロックオンは苦い気持ちになった。怖れているのだろうか。だとしたら何に?アレルヤが隣にいるのも忘れて深い思考へ落ちてゆこうとしたとき、広いオフィスの奥からスメラギが姿を現した。
「おはよーう……」
ぷん、とアルコールが香った。また飲んでたな、と思ってロックオンが顔をしかめる。ちらりと横目で伺うと、アレルヤも同じことを思ったのだろう、苦笑してスメラギを見ていた。特殊人材部の部長であるスメラギ・李・ノリエガは、実に優秀な女性だが、唯一の欠点とでも呼べるのが極度のアルコール依存症であることだった。
「急に呼び出して悪かったわ。でも急ぎの仕事なの。すぐ説明に入るわよ」
酔っていても仕事はする。そこを疑うことはなかったから、ロックオンもアレルヤも神妙な顔で頷いた。
「とある実業家から、ボディーガードと側用人と家庭教師の派遣依頼を受けたわ」
「実業家が…、家庭教師?」
「依頼主はその実業家だけど、実際に仕える相手は彼の養子になる予定の男の子よ。十六歳。急に電話で、今日からすぐ来い、っていう無茶な依頼をしてきたわ。速攻で頭金三千万円、振り込まれたから受けたけど」
「頭金で三千万円……」
料金が法外なのはいつものことだが、今回はまた一段と凄い。
「詳細ファイルは後で端末に送っておくから、とりあえずすぐに向ってくれない?すでにティエリアが側用人として行ってるわ。ボディーガードにアレルヤ。ロックオンは家庭教師ね」
「ちょ、ちょっと待ってくれよミス・スメラギ!」
「依頼主は」
俺に家庭教師なんて無理、と言いかけたロックオンをスメラギは鋭く遮った。
「株式会社KPSAの社長、アリー・アル・サーシェス」
「っ!?」
ロックオンは息を飲んだ。それは。

ロックオンの家族を、事故に見せかけて殺した男の名前だった。


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