繋いだ手はバニラの香り──7



食べ終えたばかりのバニラアイスクリームの柔らかな甘さを、舌と頭で余韻に感じながら刹那はロックオンの背中を見送った。自分でも信じられないほどに気分が浮き立っていた。駅に降りた立った時の荒んだ気持ちが嘘のようだ。
──逃れられはしない、ということはわかっているけれど。
(逃れようとなどとは思っていない。俺は……)
刹那はぐ、と唇を噛んだ。そうだ、本当はここにいてはいけない。自分が行くべき場所は。仄かに温まっていた心が、再び冷えてゆくのを感じた。そのタイミングを見計らったように、見覚えのある黒いスーツの男が刹那の視界の端に映った。あいつの部下だ、と認めて、刹那の心は完全に凍った。
冷たさを取り戻してゆくことよりも、僅かにでも温まっていたという事実に刹那は驚いた。
(……温められたんだ)
差し出されたのは、冷たいアイスクリームだったのに。共に投げかけられた眼差しはとても温かかった。
甘さと温かさを振り払えないまま、けれど抱きしめていることも出来なくて、刹那はそれらを頭の奥へ押し込んだ。そしてしっかりした足取りでベンチから立ち上がった。



黒塗りの車で刹那が連れられたのは、王族もかくやと思われるほどの大豪邸だった。相当な金持ちだということは知っていたものの、その度合いは刹那の予想を遥かに超えていた。
一体何をしたらこんなに稼げると言うのだろう。苦い思いを抱きながら、促されるままに門や扉をいくつもくぐった。広いエントランスに通されると、涼やかな声が刹那を迎えた。
「お帰りなさいませ」
うやうやしく一礼して刹那の正面に立ったのは、黒い制服──メイド服と呼ぶのだったか──を身につけた使用人らしきすらりとした姿だった。それも絶世の美人である。
「本日よりお坊ちゃまの身の回りのお世話をさせていただきます、ティエリア・アーデでございます。どうぞ、何でもお申し付けくださいませ」
「……刹那・F・セイエイだ」
慣れない扱いをされて面くらい、刹那は名乗ることしかできなかった。
「ボス…いや、サーシェス様はどうした」
刹那の背後から部下の男の声がした。刹那の肩が思わず強張る。アリー・アル・サーシェス。
それが、刹那の養父となる男の名前だった。



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