繋いだ手はバニラの香り──9



こんな嘘みたいなことが現実にあるんだな、とロックオンは胸中で呟くように思った。
スメラギから端末に送られてきたファイルを見た瞬間、ロックオンの心臓は一度大きく波打ったかと思うと動きを止めた。
アリー・アル・サーシェスの養子についての詳細データ。そこに載っていた写真を凝視する。
ほんのりと小麦色の肌、あちこち跳ね上がった黒い髪……、そして強い光を持った赤褐色の瞳。
(今朝、公園で)
アイスクリームを一緒に食べた少年だと、すぐにわかった。彼は何と名乗っただろうか。そう、
(刹那だ)
刹那・F・セイエイ。
写真の隣に記載してある名前を読んで、他人の空似ではありえないことを確認し、ロックオンは苦笑した。また会えるといいが、と思ってはいたが、こんな再会の仕方だとは。
ファイルには刹那の出自についても詳しく記述があった。中東の小国・クルジスの生まれで、十年以上を施設で過ごしている。養子の受け入れは実に唐突で、サーシェスの屋敷に来ているというのに戸籍の登録はまだだ。サーシェスという男がただの善意で養子を取るわけはなく、何か裏がありそうだった。
(運命の女神様は何をおっしゃりたいのだか)
復讐をしたくば少年の一人くらい助けてみよというわけか。
(…復讐が救いを生むもんか)
そんな苦い思いを抱きつつサーシェス邸にやってきたロックオンを、刹那は驚きの瞳で見た。零れ落ちそうなほどに大きく見開かれた眼はやはり力強い光を持っていた。
「よ。また会ったな」
初対面のふりをする意味もないだろうと思い、ロックオンは刹那にそう声をかけた。刹那は戸惑いつつも一つ頷く。一見変わらないように見える表情がわずか綻んだように感じたのはやや都合の良すぎる勘違いだろうか。
「え、知り合いだったの?」
「うん、まぁちょっとな」
驚いているアレルヤに返事をする。どう説明しようか、と思っていると、刹那の後ろから声が飛んだ。
「ミスター・ハプティズム、まずは自己紹介を」
「は、はい!失礼しました、えっと…、本日よりお坊ちゃまのボディーガードを務めさせていただきます、アレルヤ・ハプティズムです」
アレルヤは、叱るように促したメイドから必死に視線を逸らして挨拶した。実を言うとロックオンもそろそろ限界だ。刹那のことを考えていなければとっくに吹き出していただろう。
「我慢しろよ、アレルヤ」
小声で言うと、アレルヤも真顔で頷いた。
「わかってるよ」
くすりとでもしたら、二人の命の保障はなくなる。危険な屋敷に来てしまったものだ、と思いながらロックオンはひたすら刹那に微笑みかけた。

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