──5

朝議は昨日の盗賊団討伐の報告から始まった。パーティに加わっていたルックにとっては内容なんてわかりきってるから聞きたくもないのだけれど、話を紡ぐ声がカリムのものだから聞かないことは出来なかった。いくら右から左に流してしまおうとしても身体の中に留まる。
その声がぐるぐると巡り、違う言葉──昨夜幾度となく囁かれた言葉──に自動変換されるのを、ルックは必死に振り払った。
彼を殺しに行ったはずなのに、まるで最初からそうするべきであったかのように身体を重ねた。初めてでは決してないのに、あの感覚を、熱を、言葉を、余韻として引きずっている。
(あんなこと、してあったからだ)
目覚めたら、自室のベッドの上だった。いつものように、カリムが運んでくれたのだろう。関係がばれるのをルックが嫌がっているから、彼はいつもそうしてくれる。軍主としてもその方がいいのだろうとルックは思うのだが。
見慣れた天井。その白さにどきりとして、右手がいつもと違う感触を持っていることに気付いた。つ、と持ち上げてみるとそこには。
今、カリムの頭にないものが、縛ってあった。
故意に伏せていた視線をそろりと上げて、書類を片手に話すカリムを視界の端に入れた。いつも漆黒の頭部を半分覆っている緑のバンダナは、今はそこにはない。
右手に、縛ってあったから。カリムの首を絞めた、ルックの手に。
(……っ)
生々しく、思い出す。彼の首を絞めた感触、感覚、体温。す、と開いた瞼から真っ直ぐに射抜いた紅い柘榴の瞳。
しないと、決めたのに。あの仮面と同じ色の天井を眺めながら、決めたのに。
後悔は、しないと。
殺そうとしたことへの後悔も、殺せなかったことへの後悔も。
しないと、決めたのに。
彼の顔を見たら、苦い思いが胸を満たす。奥底から、震えが沸き起こってくる。必死に、指を組んで押さえ込む。
もう一度、目を伏せ、そして強く強く、ぎゅっと瞼を閉じた。
もう一度、決心を固める。後悔は、しない。
彼がバンダナに込めた思いは、しっかりと感じ取ったから。
くっ、と勢い良く瞼を開き翡翠の瞳に光を宿す。書類を手にとって確かめながら、今度はしっかりとカリムを見た。
───僕は生きてるから。傍にいるから。───










盗賊団討伐の報告に始まった朝議が食料費の統計見直しに終わると、ただ二人を残して円卓は空になった。
ああ、そういえばついこの前もこうやってここに二人だけになったことがあったっけ、と思い出す。本当につい先日の事だと言うのに、どうしてだろう、ひどく昔のことに思える。
「ルック」
「っ〜〜〜!?」
気付けばいつの間にか至近距離にカリムの顔があって、ルックは大きく跳び退った。がたん、と音がして椅子が転がる。
「そんなに驚かなくっても」
笑いを含んだ声でそう言いながら、椅子を直す。その姿はいつもと何ら変わりがなくて。昨夜のことなど忘れてしまっているかのように、いや、もともと何もなかったかのように平然としている。そんな彼から目をそらして不機嫌に言った。
「何か、用?」
「ん、用、っていうか……」
珍しくカリムは言いよどむ。言葉を選んでいるような、そんな感じだった。
きっと、訊きたいのだろうけど。昨夜のことを訊きたいのだろうけど、どんなふうに話し出したらよいかと迷っているのだろう。
こちらから切り出すべきなのだろう。でも。
(言葉が、浮かばない)
想いは昨夜、熱と共に全て伝えてしまったから。
きっとそれはカリムにもわかっていることと思う。けれど、それと何も言わずにおくこととは別の話だ。
互いに、話すべきことを持っている。
たぶんほんの少しの間だったのだろうがそんな僅かな沈黙にも耐えられずに、ルックはいつもの調子で口を開いた。
「用がないなら僕はもう行くよ」
言ってしまってから軽い自己嫌悪に陥った。何をしてるんだ一体、と思いつつルックは足早に扉へと向かう。けれど、そのまま退出出来るわけがなくて。カリムに腕をつかまれた。…それを望んでいたのだ、自分は。
「……何」
「ねえ、まだ気分悪い?」
「は?」
思いがけない言葉にルックは一瞬呆ける。
「この前ここで気分悪いって言ってたから」
「何時の話さ……」
「何時、ってつい昨日か一昨日の朝議じゃない。ねえ、大丈夫なの?」
「大丈夫に決まってるだろ!そんなにいつまでも引きずったりしないよっ」
「そう?ならいいけど」
ちっともよさそうな顔をしていないくせにそんなことを言う。そして少しだけ、首を傾げるようにしてルックを見た。本当はこんな会話がしたいわけではないんだろう。
「じゃあ、まだ、苦しい?」
柔らかく、深い声で、囁くように。
「僕はまだ、ルックを苦しめてる?」
安定しない、揺れる思いを問いにする。
「そっ……」
そんなことない。そう言えなかった。
鋭い、けれど押し殺した不安と悲しみを宿した眼光に射すくめられたから。ああ、平然としていられるわけがないのだ、と思う。
最初から、この瞳を真っ直ぐ見つめていれば、顔に触れていれば、あんな行為に到ることはなかったかもしれない。そう思って、急いでそれを打ち消す。後悔はしないと、決心し直したばかりだ。
「まだ、ってどういうことさ。君が僕を苦しめてたことなんかないだろ」
「あるよ。……今までずっと」
「違うよ」
「違わないよ。いなくなれば、殺してしまえば、と思わせてしまうほど、僕はルックを苦しめてた」
「勘違いしないでよね」
ルックは出来うる限り強い調子で言った。二人はしっかりと視線を合わせたままだ。そらしてはいけない。
「僕が苦しんだ原因は君だったかもしれない。けど、君を原因にしてしまったのは僕自身だ」
そう。仮面を見てしまったのは自分。仮面しか見えなくなってしまったのは自分。偽物だと、思ってしまったのは、
(この僕自身)
「謝らせて、くれないの」
ひっそりと、彼が言う。
「苦しんだのはルック自身だ。でも苦しませたのはやっぱり僕だよ」
我慢比べのようだった。きっとカリムも、このぴったり合わさった視線を外してしまいたいと思っている。でも、まだ。
「……謝らせてほしんだ」
ルックが言った。
「君を正面から見なかったこと。偽者だと思ってしまったこと」
まだ、言わなければならないことが、ある。
軍主として立ち回るカリムは、自分を押さえて、隠しているようだった。「本物」を押しやって、「求められる軍主」であろうとしているように見えた。
そう、仮面を被っているように見えた。取り外し自由なその仮面を、幾度も使い分けているように思えた。けれど、そのうち。何種類も使い分けているように見え始めた。
『仮面を外している時などない』のではないかと思った。全て、全て、全て偽り。
本物を探すのに見つからなくて苛々した。偽物なんかいらないのにそれしか見えぬ。苛々する自分にも嫌気が差した。これを打破するには。
「殺せばいいと、思った───」
狂っていたんだろう、きっと。
「偽物はいらないから。なくなってしまえばちょうどいいだろうと、思ったんだ、きっと」
でも。
目を見たら。顔に触れたら。
それがカリム以外の何者でもないとわかった。
「偽物も、本物もなかったんだ」
カリムはカリムでしかあり得なかった。
たとえ本当に仮面を被っていたのだとしても、それが偽者であるわけがなかった。
「ごめん」
ああ、もう限界だ。
ルックはついに視線を外した。胸に渦巻く言葉の半分も口にしていないのに。それでも。
「うん」
彼は全てわかったように微笑むのだ。
「ごめ…」
「ルック」
柔らかく、抱き寄せられる。
「ごめん……」
もう、忘れたりしないから。この温かさを疑ったりしないから。
「うん、大丈夫だよ」
この声を、感触を、偽物だなんて思わないから。
「ルック」
紅い瞳がまた、優しくルックを見据えて。
「大好きだよ」
その、言葉も───。
微笑んだまま、彼は首筋に口付けた。






お疲れ様でした。読んでくださって有難うございました。
実は2年近く前から温めていた話だったんですけど。急に「はっ!書ける気がしてきた!」って。何かに憑かれたように猛然と書き出しました。
そしたら。書きたいことがずるずると芋づる式に出てくるわ、キャラは好き勝手に動くわ、予想以上にノってしまいまして。こんなに長くなる予定じゃなかったのに……。
カスミなんか出すつもりなかったですからね!微塵も!無意識に女の子が書きたかったのかもしれません;
ノってるだけあって書いてるのはむちゃくちゃ楽しかったです。暗くて狂った話なのに(だからだ、って説もある)
今回狂ってるのはルックだったから幾分楽でしたし。坊が狂うとこっちもどうかなりそうですから、ホントに。……まったく何てカップルなんだ、私の坊ルクは。
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。もしよろしければご意見・感想をお聞かせください。
華夜('04 11)


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送