──2


手に入れたものは、悲しすぎた。




「ゲオルグ殿!」
ゲオルグが振り向くと、そこには金髪の女王騎士が立っていた。
「はー、探しましたよー。ちょっとお話しても良いですかー?」
彼は軽い口調で言ったが、その輝かしい笑顔には有無を言わせない迫力が漂っている気がした。
「構わんが…どうした?」
カイルがなんとしてでもゲオルグと話したいという内容については、いくつか心当たりがあった。どれもゲオルグからは口に出せない。
「んー、回りくどく言うのも面倒ですから単刀直入に訊きますね?…どうして王子と最後までしなかったんです?」
「……」
あまりの豪腕直球に、ゲオルグは絶句した。どうやら表情にも出してしまったらしく、カイルはちょっと面白そうな顔をしてゲオルグを見ていた。
「カイル、お前…」
「勘違いじゃ、ないですよね?」
お前何か勘違いしていないか、と言おうと思ったところを、見事に先回りされた。ゲオルグは再び絶句する。観念するしかなさそうだった。ゲオルグは小さく嘆息すると、苦々しげに口を開く。
「ユズと、話したな?」
「ええ、まぁ、ちょっとですけどねー。あ、王子が告げ口したとかそういうんじゃありませんよ?」
「わかっているさ」
ゲオルグは苦笑した。
「で、どうしてなんです?…まぁ、大体予想はつきますけどー」
「…たぶん予想通りだ、という答えでは駄目か?」
「駄目じゃないですけど…、ゲオルグ殿、実は結構ズルイですね」
カイルはそう言って笑った。ゲオルグの胸の中で苦く重たいものが自己主張を始める。耐えねばならない圧迫だ。
「……あぁ、そうだな。俺は狡い」
「すみません、責めてるんじゃないんです。ゲオルグ殿は身体のこととか、今度のこととか考えたんだと思いますし、それは当然だとも思います。ただ、王子がひどく気にしてるみたいだったので」
カイルは床に視線を落とした。表情は、ゲオルグの位置からはわからない。
「そうか」
ユズが不安に思うだろうことは、ゲオルグも考えていた。いや、実際に思っているだろうことも感じ取っていた。会話や表情にそれがわずかに滲むたび、ゲオルグはその場で抱きしめたくなって必死にその衝動に身を任せまいと己を律したのだ。
「ユズは、なんと言っていた?」
「何も。俺がそう思っただけです。でも」
「あぁ、きっと間違っていないさ」
「ゲオルグ殿」
カイルの声が、少し咎めるような響きを帯びた。
「たぶん、気付いていると思いますけど。きっと王子も気付いていたんじゃないかと思うんですけど。俺は……王子のこと、好きでした。あなたと同じ意味でね」
「…過去形なのか、それは」
「…そうですね。過去形です。悟りましたから」
「悟った?」
無理をしているとも思えない、さっぱりとした言い方に、ゲオルグは当惑した。
「はい。女王陛下と、フェリド様が亡くなられた後に」
ずきり、と痛み、どくり、と出血した。止血は必要ない。
「俺にとっての一番は、やっぱり王子じゃなかったんだな、って」
それは独り言にも似た、寂しい呟きだった。ゲオルグに向けられた微笑が、それを更に色濃くしている。
「王子を逃がそうと…、生かそうと必死でした、あの夜は。でも一夜明けて、自分の頭に蘇ってくる姿は陛下のものばかりで。あぁ、俺はやっぱりこの人の為に働いていたのだと、…働き続けたかったのだと骨身にしみて思ったんです」
「……悲しかったのか」
「そうですね。悲しかった、んだと思います。陛下を失ったことと同時に、心から王子を愛せていないのだと自分の心に宣告されて」
「でもそれは、誇りに思って良いだろう?」
「……陛下に心から忠誠を誓いながら、王子を手に入れようと思っていたことをですか?」
カイルは、自嘲気味に笑った。ゲオルグはそれに大きくかぶりを振る。彼がこのことに罪を感じる必要などない。
「陛下への忠誠が揺るがなかったことだよ。…決して手に入らぬ、誰にも手折れぬ花に心を奪われてもなお、な」
誰よりも立派なのだから。
カイルは、あっけにとられたような顔をした。今度はゲオルグが面白そうにそれを見やる。
「誰にも?」
「あぁ、誰にもだ」
「あなたにも?」
「…俺にも」
「ではなぜしっかり抱いてやらなかったんです?」
どこか呆然としていた口調が、次第にしっかりと元に戻ってきて、鋭く問うた。
「自分にも手折れぬとわかっていたのなら、抱いても良かったじゃないですか。それくらいのことで、あなたの手にだけ咲く花になりはしないとわかっていたのでしょう?むしろ、抱かなかったことでしおれてしまうかもしれないとは思わなかったんですか?」
元に戻ったのを通り越して、カイルは激しくまくし立てた。そしてはっ、と我に返る。
「すみません。責めるつもりはないんです、本当に」
「いや構わんさ…、むしろ礼を言いたい。責めてくれていいんだ…、罵ってくれたらいい」
これだけの罪を犯しながら、誰にも責められず、罵られずに大きな顔をしているのが間違いなのだ。本当は、この世のどこにも居場所がなくなるくらいに弾劾せられるべきであるのに。
「ゲオルグ殿……、もしかして実はマゾですか?」
思いも寄らない一言に、ゲオルグはまたもや絶句した。そして一瞬の後、二人同時に笑い出す。
「全く、何を言い出すのかと思えば」
「あはは、そうだったらちょっと面白いなー、と思って」
ひとしきり笑った後、カイルは穏やかな顔になって言った。
「ねぇ、ゲオルグ殿。心配しないでくださいよ」
「ん?」
「王子のことです。ゲオルグ殿は、王子のこと心配しないでください。それはあなたの役目じゃない」
「……」
「王子の心配をするのは、俺やリオンちゃんの役目です。あなたは……、ただひたすら愛してください」
ゲオルグは、なんと答えて良いかわからずに黙っていた。
「ひたすらにひたすらに、王子を愛することだけを考えててください。そして、王子に愛されていることを忘れないでください。……いいですね?」
しかし、カイルの有無を言わさぬ輝かしい笑顔はその沈黙を許さなかった。もう、後戻りは出来ぬとわかっていたはずだ。今更、何を拒むことも出来なかった。…求めないことも。
ゲオルグは苦笑した後、
「ああ」
穏やかな笑顔で頷いた。




ようやくカッコいいカイルが書けました…。華夜のカイルはこんな感じです。
今後彼は王子とゲオルグの両方に様々な入れ知恵をしていくものと思われます。そのうちリオンちゃんも巻き込みそうです;
しかし…、何の違和感もなくお花に形容されてしまう王子って…;
ご拝読、ありがとうございました!
華夜(06.08)



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