──3


できない気は、しなかった。





「君は僕の代わりになる餌を、死神に与え続けなくてはいけない」
右手を眺めながら、彼の言葉を聞いた。鋭く尖った刃のような言葉は、カリムに向けられているものなのに、
(とても温かい)
「言っている意味は、わかるだろ?君は人を殺し続けなくてはいけない」
(もうやめろ)
「三百年もの間、君の親友が他人との関わりを極力避けてきたのがどうしてだか知らないわけじゃないだろ?」
(それ、以上)
「君は僕と一緒にいることだけのために他人の命を犠牲にするつもり?戦場を点々とするのか、山賊を退治して回るか、それとも道ゆく人を刺して歩く?そうやって君は殺戮の道に…」
(傷つけるな!)
「ルック」
彼の内で滲む血が見えて、カリムは名を呼んだ。カリムに向けられているはずの言葉は全て、ルックを傷つけていた。こんなことを言わせてしまった自分が情けなく、とてつもなく腹が立つ。
愛しくて、愛しくて。
滲んだ血を拭うように、カリムはルックを抱きしめた。
「ありがとう」
『ルックは僕と一緒に来たくないの』とは、とても問えなかった。それはあまりにも身勝手すぎる。
「ルック。僕は強くなるよ」
我儘なのだとわかっている。それでも。
彼の傍に、いたい──。





木々のざわめきが風の存在を耳に伝える。大丈夫。それさえあれば、戻ってこれる。たとえどこへ迷い込んでしまっても。
カリムは無理矢理、瞼を押し上げた。全身が、鉛のように重い。巨木にもたれかかり、両手足は投げ出され、片時も手放さぬはずの棍は放り出されている。
「は……」
荒い息は熱く、整った精悍な顔は血の気がなかった。命の喜びに満ち溢れる森の中で、今カリムを色濃く包んでいるのは──死の気配。
まともに食べていない身体で、五体のモンスターを一気に相手にしたのだ。腕と足に深い傷が一つずつ。小さなものまで数えたらきりがないだろう。随分とたくさんの血を流した為、その臭いにつられた獣にも幾度か襲われた。そのことが更に、カリムを死の淵に追い詰めていったのだ。
そんな状態でなお、カリムは微笑んでいた。いや、この状態であったからこそ、微笑んだのかもしれない。
(さあ、どうする、ソウルイーター)
これは挑戦ではない。穏やかな、問いかけだ。カリムの命はいつ掻き消えてもおかしくない状態なのに、彼はひどく余裕だった。
このままでいれば、長くはかからずカリムは死ぬだろう。けれど、
(僕は死ねない)
ここで死ぬわけにはいかない。このままの状態で、生き延びてやる。いつ死ぬかわからぬ危うさを抱えたまま、ずるずると生き延びてやろう。
(さあ、どうする、ソウルイーター)
これは挑戦ではない。穏やかな、脅迫だ。
お前の好きな死の臭いがしているぞ。お前を宿すこの身から。喰らいたければ喰らうが良い。
ソウルイーターがカリムを喰らわず生かしたとて、カリムは他の餌を与える気などなかった。二度と人の魂など喰らわせたりはしない、と断言は出来ないが、それに近い決意はあった。その決意が容易に崩れないものだと言うことも、もう何年もこの身に宿っているのだからわかるはずだった。
どちらを選んでも損はない。どちらを選んでも、満足は出来ない。ならば。
(どちらも選ばなければ良い)
カリムが苦しまずにソウルイータを行使でき、ソウルイーターが宿主の抑制を受けずに力を揮える方法が、一つだけある。
ただしそれは双方に多大な力を要させる。カリムは今まで何度も試したが、ソウルイーターは頑としてそれを受け入れなかった。けれどだからこそ、カリムはその方法に光を見た。カリムとソウルイーターが共に人として歩む。そんな、考えられないようなこと。
いや、そんな綺麗なことを望んでいるわけではないのだ。
カリムはただ、
(ルックの傍にいたいだけ)
ただの我儘。けれどそれしか考えられない。もう何も持っていないのだ。彼を愛しいと想う心以外に。
どうしても。どうしたって、
(傍にいたい……)
その身勝手な生き方をかなえるには。
(ソウルイーター、お前がそれを拒むほどに僕を惜しんでくれるのなら)
魂を一つにしなければならない。
(ここで僕と生きよ!)
意を決したように、右手が紅く輝いた。
「あああああーーーーーーーーーーーーーーーァァア!!!!!!!!」
今まで感じたことのない衝撃に、カリムは身体を仰け反らせて叫んだ。視界が揺らいで森が溶けてゆく。
身体が八つ裂きにされそうだった。身体が押しつぶされそうだった。身体が焼けそうだった。身体が凍りつきそうだった。
あらゆる苦が、カリムの身体を襲い、攻め抜いた。ソウルイーターに命を奪われたものは、この苦しみを味わって死んでいったのだ。
(全部喰うなよ、ソウルイーター……ッ!!)
何が見えているのかわからなかった。痛みと共に鮮明になっていく視界に映し出されたのは、戦場。
腕をもがれてうめく者。腹を開かれ泣き叫ぶ者。血を吐きながら罵る者。
血液が逆流しているような激しい動悸にあわせ、ヴィジョンは目まぐるしく変わってゆく。
蒼白な顔で希望を託した女。付き人の弱々しい声を響かせた冷たい壁。血の滲んだ唇で満足そうに笑う父。腕の中でゆっくりと命を閉ざしてゆく親友。
(あぁ)
きっと、もうすぐ。
(僕はそこへ行くんだね)
すう、と、痛みも苦しみも消えた気がした。落ち着きさえ感じる。浮き上がりそうだ。
穏やかで温かくて優しくて。ふうわり、と風に包まれているような気分で。
(──風)
そう、風が吹いている。
(僕が)
愛してやまない、抱きしめるべき風が。
(そうだ、もう一度)
あの風を抱きしめなければ。思い切り抱きしめて、好きだと愛していると言って、それからそれから。──離して、あげない。
(ごめんね。僕はまだ、行けない)
幻影に、手を振った。目は、逸らさなかった。
(覚悟はいいか、ソウルイーター!)
「っはぁあああああああーーーーーーーーーァアア!!!!!!!!」
ぐるぐる、ぐるぐる。
さぁ世界は今何周目?
どうだっていい、何だっていい。ただただ。
(愛しいよ、ルック)
全ての痛みと苦しみを享受して。そして全てを跳ね返して。
カリムは再び、森を見た。──半分になった、魂で。





さあこれで、会いにゆける。
会いに、ゆけるね?
君を喰らうのは、もう死神の鎌じゃない。




  


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