──3

会議室の扉は閉まっていたが、扉の前にいれば中の声はしっかりと聞こえた。
怒を含んだ軍師の声と、意を貫く軍主の声。どちらも結構な声量だった。
「ですから!私はあなたがわざわざ行くことの必要性を問うているのです!」
「だから、他の者が行っても意味がないんだと言っているんだよ。今であろうと先であろうと、自分で行かない限りは僕自身の把握に繋がらない」
「危険だと言ってるんです。もう少しはっきりとしてから」
「言っただろう?今でも先でも同じだと。なら早い方がいいじゃないか。本拠地のすぐ近くなんだ、はっきりとしてからではもはや手遅れとなる可能性は充分にある。調査と討伐が一度に出来れば解決じゃないか?危険、なんて心配しすぎだ。一人で行くわけではないんだよ?」
「いくらそうであっても!万が一を考えてくださいませんと!」
まったく、とルックはため息をついた。毎回同じことを繰り返しているのに。どうせマッシュがカリムに押し切られるに決まっているのだ。
無駄な時間を省いてやるか、とルックは扉に手をかけた。
「軍主が行くことに問題はないことを保証するよ」
そう言って会議室に現れた風の魔導師に全員の視線が注がれた。それを全て身に受けたまま、ルックは正面に座る軍主を見据える。彼は驚いていたがすぐに笑顔になった。
「ご説明いただきましょうか、ルック殿」
席を示しながら硬い声でマッシュが言った。
「盗賊団には帝国の息がかかっていないからさ」
その一言で、場は一気にざわめいた。
「それは、どうしておわかりに?」
「さっき見てきたからね」
しれっ、と言うとざわめきは倍になった。
「盗賊団は全部で三十人を超すくらいだね。つい最近『仕事』したばっかりみたいだったよ、朝っぱらから酒盛りしてた」
「それは調査団の調べと一致していますね。で、帝国とつながりがない、という根拠は?調査団が盗賊たちが帝国と解放軍についてかなり詳しく話していると言っていましたが」
自分に向けられるマッシュの厳しい目をものともせずにルックは答えた。
「奴らは賭けてただけさ。帝国軍と解放軍、どちらが勝つかってね。戦場近くを『仕事場』にすることが多かったようだね。だいぶ詳しく知っていたよ」
風のおかげで気配を消すのは実に容易だ。相当近い距離で会話を聞くことが出来た。
「なるほどね。じゃ、僕らはただ単に盗賊団を討伐すればいいわけだね」
自分の意見が通ることを確信した軍主が微笑む。マッシュは仕方がない、と言うように肩を竦めた。
「なおさらおやめいただきたいところですがどうせ聞き入れてくださらないでしょうね。パーティーメンバーをお選び下さい」










盗賊団討伐パーティはシーナ、カスミ、キルキス、クレオ、ルック。当然、とでも言うように自分が含められていたことに、一応非難の視線を送っては見た。が、偵察をして来た、その場に一番詳しい者がいなくてはねと一蹴された。
やはり余計なことをしすぎたかな、と思った。どうしてこんなことをしたのか、今では疑問に思ってしまうくらいだ。
なぜなら。
(こんな小さなことで軍主の負担が軽くなるわけもない)
そう、負担も、恐怖も。チッ、とルックは小さく舌打ちをした。違う。そんな小さなことではなくて。最終的な目的は早くこの戦を終わらせてしまうこと。
そのはずなのに、その最終的なものより、負担とか恐怖のような小さなことの方が重要に思えてしまっていた。
「ルックさん」
突然の声に、ルックは思わず相手を思い切り睨んだ。しかし睨まれたくの一は全くひるむことがない。この子も相当な大物だ。
「何」
「お礼を、申し上げたくて。本来私の仕事でありますことをやって下さいましたから。申し訳ありません、私が不甲斐ないばかりにルックさんに思いもよらぬご迷惑を」
そんなことは考えてもいなかったのに。丁寧すぎるほど丁寧に頭を下げるカスミに、ルックはあっけに取られた。
「別に。すぐに動けたからしただけだ。君が不甲斐ないわけじゃない。…あいつにも言われたんだろ?」
恐らくルックよりも先に軍主に謝罪に行っただろうし、彼も似たようなことを言ったに違いなかった。
「はい……。でも。私はカリム様のお役に立てていない気がするのです」
「ロッカクの里のエリートくの一ともあろう人が何を言っているんだか。自信を消失しているの?それとも軍主の信頼を疑っているの?」
「そんなことは!」
弾かれたように頭を上げたので、ルックはカスミとしっかり目が合ってしまった。情熱に燃える黒真珠と。
「そうではなく…。まだ足りない気がするのです。カリム様が背負っていらっしゃるものと、私の働きでは、差が大きすぎると…」
ああ、この子も。同じことを考えていたのか。
「差がない方がおかしい」
「そうですが」
「差を縮めようとするのはやめるんだね。…そうじゃなくて、全体を軽くすることを考えるべきだ」
「………全体を、軽く」
何かに気がついたようにうつ向き気味で考えるカスミから、ルックはそっと視線を外した。この子の思いは、美しすぎる。とても傍で見ていられない気がした。
「ありがとうございます、ルックさん」
「何もしてない。…大体、何で僕にこんなこと聞きに来たのさ?」
「ルックさんは、カリム様の一番近い所にいるように思いましたから。…私では到底、わかり合えないことを…」
カスミの言葉を遮るようにルックはため息を吐いた。
「まったく、厄介な奴を好きになったものだね、君は」
「それはお互い様ではありませんか?」
何か言い返す前に彼女は素早くルックの傍を離れた。カスミはロッカクのくの一である前に女なのだと、悟ってしまった。










「盗賊団に告ぐ!私たちは解放軍だ!団を解散し今すぐここを立ち退くことを要求する!」
お決まりの文句を聞き流しながら、それでもルックは軍主を見ていた。鋭い光を宿す深紅の瞳。引き締められた表情。なまじ整った顔立ちなだけに言い知れぬ威圧感があった。それなのに、その顔はどこかのっぺらぼうだ。
仮面が、ルックには見えていた。違う。あれはカリムではない。本物のカリムは。
(本物の、カリム……?)
ざわ。胸の中、何かが動き出した。
「まあ、応じないだろうねえ」
一通りを言い終える前に、気の短い盗賊たちが天幕から飛び出してきた。もちろん、抜き身の剣を持っている。
「殺すなとは言わないができるだけ捕らえて!油断しないように!!」
軍主の声が響き、パーティの全員が素早く動いた。ルックは防御体勢を取りつつ、全体に隙なく目を配った。
皆、襲いかかる盗賊たちを次々となぎ倒してゆく。その中でも一番派手に立ち回っていたのはやはり彼だった。
「はあっ!」
跳躍し、身と裾を翻して棍を振るう姿は、紅き獣。しなやかで美しく、鋭くて強靭だ。
(これが、本物?)
彼は、戦いの中に身を置く者だから。戦いの中の姿が本物……?ならば。この自分の前での姿は、
(偽者?)
仮面をかぶっていたと言うわけか?それに気付かなかっただけで?
ルックはただ、戦うカリムの背中を見て困惑していた。もう、何が何やらわからない。
彼が仮面をかぶっていないのは何時!?
ルックはだんだん心が冷えていくのを感じていた。己を凌駕する思い。きっと根本は変わっていないのだろうけど。けど。その根本がわからない。
ただわかっているのは。原因が彼だということだけ。
「おう、えらく綺麗な見学者がいるぜぇ?」
耳障りな声が遠くで聞こえた。実際の所はそう遠くない。むしろ、息の臭さまでわかってしまうほどの距離だ。
(何。僕の中にある、この思いの根本って何)
「こんなところに立ってると危ないよう、お嬢ちゃん」
「俺たちが安全な所に連れっててあげようかぁ?」
下卑た笑い声など、まともに聞くに値しなかった。ただ、心が冷えていくのを加速させる。
(憎しみ?それとも慈愛?)
そんな、言葉で。
「おい、何にも言わねえなぁ、こいつ」
「ビビッてんじゃねえのか?育ちがよさそうなお顔だからなぁ」
「ははっ、こんなお嬢ちゃんまで使ってるとは解放軍はよっぽど人手不足なんだろうなぁ。…おい、連れてっちまえよ」
汚い手がルックに触れる、それより早く。こちらへ向かう一つの足音に気付く。
(カリ、ム)
ぞくり。ざわり。……ぷつり。
憎しみとか、慈愛とか。そんな言葉で説明がつくなら、
「誰も悩みはしない!」
叫ぶのと同時に、ルックは盗賊たちを切り裂いた。触れようとしていた手が吹き飛ぶのだけが視界に入る。
もう、いい。これで、いい。
一瞬ののち、出来上がったのは骸の平野。血に染まった、紅い大地。
己を煩わすものは、消してしまった。
これで、いい。
凍りついた心。きっと凍っていることにも気付いていない。だから、溶かす気が起きるわけもない。
「ルック!大丈夫?」
「誰に向かって、言ってるのさ。……片付いたようだね」
駆け寄る軍主に、いつもの睨みをお見舞いする。彼はきっと笑いながら。でもルックには首だけで頷いて、言った。
「さあ、帰ろう」










己を煩わすものは、





  


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